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  Ep39 【キーオの話・トナ視点】

 

「キーオの話?」
「はい、そうです」

なぜオレの身長の話から、キーオは自分の話をする気になったのだろう…オレはそのことにちょっと疑問を感じたが、別に話を聞くことはなんてことない。

むしろキーオのことをもっと知りたいと思っていたから好都合だと思った。 だけど…

「オレとしては別によろしいんだけど…お前は大丈夫なのか?」
「? 僕が大丈夫…?」
「いや、オレは日中結構寝ちまったけど…お前はそうじゃないだろ?」
「あ、それでしたらご心配なく。

 ホテルには明日の11時まで滞在出来ますから」
「え?」
「ですから、今夜はじっくり話し込んでしまっても大丈夫ですよ。 明日は寝坊を許されています」

そ、そうなのか。 ホテルってそういうもんなのか…

「じゃあ、聞かせて貰おうかな」
「! はい!」
「けど、お前の話って一番最初に一緒に泊まった部屋で聞いたよな? 父親が人間で、

 母親が悪魔だって…そんで8歳くらいの頃にトアルディア協会に入ったってことも聞いたよな?」
「そうです! トナさん、よく覚えていらっしゃいましたね…」

キーオがただただ感心したような顔で言う。

「そりゃあ……好きなヤツの話なら覚えてるよ…」
「……」

なんだかキーオが目を細めてしみじみ嬉しそうな顔をしている。

「まぁ、もっと詳しく話してくれるってことだよな?」
「はい、そのつもりです。 ですが、トナさんのように上手くは話せないかもしれません」
「え? いや、別にオレは話なんざ上手くねぇよ…」

なぜこいつはこのタイミングでオレを褒めて来たんだろ…

「えーと…それでですね…」
「うん」

キーオはそう言いながらも少し逡巡しているようだ。 そして、

「僕、8歳の頃に母が父を殺して、その上家を焼かれてしまったんですよ」
「え!?」

なんて言い出したのでオレはただただ驚きの声を上げた。

「だから僕は、トアルディア協会に入ったんです」
「え!? ちょっと待て! 何かすごい衝撃的な事実をさらっと流そうとするな!」
「……やっぱり、そこが一番気になりますよね?」
「当たり前だろ! 気になるわ!」

オレは思わずベッドに上体を起こした。

すると、キーオが先ほどまでそうしていたようにすかさずオレの太ももに頭を置いて来る。

オレは少し驚きつつも、頭を撫でて欲しいのかと思ってそうしようとしたら、キーオが頭の向きを変えてオレの腹に顔を押し付けた。

そして、なんか…腹の匂いを嗅いでいるらしくオレの腹に熱い吐息が掛かる。

「……」

けれど、そんな様子のキーオを見ていたら、実はとても話し辛いことをさらっと流そうとしてたのではないかと思えて、オレはやっぱりキーオの頭を撫でてやる。

「トナさん…」
「ん?」
「本当は僕が…どんな生い立ちを持っていても、幻滅したり、軽蔑したりしませんか?」
「!」

ああ…やっぱりそこを流したかったんだ……オレは余計なことを言ったとひどく後悔した。

けれど、せっかくキーオが話す気になったのなら聞きたかったのだ。

「バカだな…命の恩人に向かって何を幻滅しろって言うんだよ」
「……」
「それにお前がどういう生い立ちを持っていようと今のお前を好きになったオレには関係ねぇだろ?」
「!」
「けど、まぁ…お前が話せる範囲でいいからよ、あんま無理に話そうとはするな」
「トナさん…」

そう言うとキーオはオレの腹から顔を離して、オレを見つめる。

「ありがとうございます…」

そう弱々しく微笑んだキーオの顔は、まるで子供のように見えた。

  Ep40 【キーオの話・キーオ視点】

トナさんがご自分の身長に劣等感を抱いていないと話して下さった時、僕は今この人になら自分の過去を打ち明けられると思えた。

だから、そのように話をしようと彼にそう…提案したのに……いざ打ち明けようとしたら、途端に怖くなってしまって勢いで誤魔化そうとしてしまった。

けれど、そんな僕を彼はなおも気遣って下さった。

だから、もう今度は本当に大丈夫だと思う。

絶対に話せる。 この人になら僕の過去を……

「まず前提として…僕が父と暮らしていた家は町から随分と距離の離れた森の中にありました。

 父はいつもその家から町へと仕事に出掛けていましたが、僕は町へ行ったことがあまりなかったんです。

 と言うのも父が“あそこは大人が仕事へ行くところだからお前には用の無いところだよ”と、

 教えられていて…」
「うん…」
「そして、父から僕の母は吸血の悪魔だと打ち明けられた時から、

 父は僕に度々姿が母によく似ていると……そう言うようになったんです」
「うん」
「それから父は…その時から時折僕に煌びやかな女の子の服を着せるようになりました…」
「!」

そこまで話すと急に息が苦しくなった…

けれど、彼が僕の頭を包み、撫でてくれるお陰で僕は呼吸の仕方を思い出す。

「ですが、だからと言って…何かそれ以上のことをされたとか、

 そういうことはなかったんですけど……でも僕はそれがとてもイヤでした……」
「うん…」
「けど、僕がそれを拒むと父は“次に喉が渇いた時、お前に血をあげないよ”と……そう言うんです…

 だから僕はただ父に従うしかなくて……」

僕は次の言葉を考える。

けれど、上手く出て来なくて…少し間を開けてしまった。 すると、

「つまり、父親の異常性を他の誰かに告げられるような環境じゃなかったってことだな」

とトナさんが言葉を繋げてくれた。

「! そうなんです……その上、僕はだんだんと自分がその服を着たくないのは、

 自分がワガママなせいなのではないかと…そう思い始めてしまって……」
「そっか…まぁ、そんな閉鎖的な環境に置かれたらそう思っちまうよな」
「はい…」

ああ…どうしてこの人はこうも……

「だから、僕はどんどんと父に対して従順になって行きました…

 父がこの服を着なさいと女の子の服を渡して来ても、すんなりと自分で着るようになるくらい…」
「うん…」
「そして僕が8歳になった頃、父が1冊の本を僕に読むようにとくれたんです…」
「本…?」
「はい、その本は男性の体について詳しく書かれた本でした」
「はぁ…」
「トナさんは僕に訊きましたよね……」
「?」
「僕がどうして男性の体の仕組みについて詳しいのか……」
「!」
「その本はとりわけ、男性の性器について詳しく書かれた本でした。

 だから、僕はその本を読んで……男性の性器の仕組みについて学んだんです」
「……」

ちらっと彼の顔を見る。 すると、彼はひどく眉根を寄せていた。

そして少し逡巡した後、僕の目を見つめ返して、

「……お前の父親が…その、異常者っていうのはお前の話を聞いてればイヤってくらい理解出来るけど……

 けど、自分の子供になんでそんな本を読ますんだよ…」

と言ってくれた。

「はい…だから僕も疑問に感じて、なぜそんな本を僕に読ませたのか…そのことを父に訊ねました。

 すると、父は“お前にはその不要な部分を切り取れば女の子になれると言うことを

 知っておいて欲しかったんだ”と言って来て……」
「不要な部分…?」
「男性としての部分……つまり、陰茎と睾丸のことですね…」
「はぁ!?」

トナさんが驚きのあまり僕を撫でていた手を止める。

「だから、つまり父は僕を母の身代わりにしたかったみたいなんです…」

そう言いながら僕はトナさんから離れ、上体を起こす。

「…なんで、わざわざ自分の息子を……?」
「それくらい、僕が母と似ていたんでしょうね…」
「……」

トナさんは両手を自身の膝に揃えると、何か言葉を必死に探しているようだった。

「…やっぱり僕を軽蔑しましたか?」
「え? なんでお前を…?」
「だって……そんな風に育てられていたなんて…気持ち悪く感じませんか?」
「お前……」

トナさんが右手の人差し指を僕に向けて素早く2回ほど上下させた。

こっちに来いと、そういう合図だろうか…僕はそれに従ってトナさんの方へと体を寄せる。

「バカだな!」
「!」

トナさんはそう言いながら力強く僕を抱きしめてくれた。

「なんで今の話を聞いてお前のことを気持ち悪く感じるんだよ……

 むしろオレはそんな父親に育てられたのに、今お前がすっげーいい子なことに驚いてるよ」
「僕が……いい子?」
「いい子だよ、お前は。 正直、オレにはもったいないくらいいい子だと思ってる」
「そんな! 僕はそんな……」
「謙遜すんなって……それにオレはすでにそう思ってるんだから、

 今さらお前が謙遜したくらいじゃこの考えは変わんねぇよ」
「……」

それじゃあ、僕がいい子だとしてそれ以上のあなたはどれだけいい人なんでしょうか…

「けど、お前が今こうしてちゃんと男として成長出来たのはその…お前の母親のお陰なんだな?」
「はい。 父にそう言われた数日後……僕は気が付いたら家の外にいたんです。

 そして顔を上げると、家が燃えていて……」
「……」
「中から父の叫び声が聞こえました…けど、僕にはどうすることも出来なくて……

 ただ呆然とその光景を見ていたんです」

その時の光景が少しだけ僕の視界にちらつく。

「すると、僕の背後から女性の声が聞こえたんです……“ごめんね”と…」
「……」
「初めて聞いた声なのに、けど、どこか懐かしさを感じる声で…

 僕はそれが母の声だと気付いて振り向いたんです」
「……」
「けど、そこには誰もいなくて……僕は母の姿を見ることは出来ませんでした」
「そっか…」

トナさんが僕の背中に添えた手で背中をぽんぽんと叩いてくれる。

「それから、火に気付いた町の人たちが消火作業に当たってくれましたが、結局家はすべて燃えてしまって…

 その中からはもう父とは判別出来ないほどの状態になった父が見つかりました」
「……」
「そして僕は…その時に何があったのかを町の役場で町長さんに訊かれて…その時のことも、

 自分のこともすべて正直に打ち明けたんです。

 そうしたら、父を殺害し、家に火を付けたのが悪魔の仕業だと知れて…

 トアルディア協会の魔術師の方が派遣されて来ました」

今も時折、その時のあの人のことを思い出す……見知らぬ大人に囲まれて、すっかり委縮してしまった僕の目の前に現れた…なんだか雰囲気の違う大人の人。

「その魔術師の方が……後に僕の魔術の師匠となる方だったんですよね…」

僕は無意識にぽつりと呟く。

「なるほど…じゃあ、その人にトアルディア協会に連れて行ってもらったのか」
「ええ、そうです。 僕が人と悪魔の混血児だということで協会に保護してもらったんです」

僕はトナさんから体を離す。 そして、じっと彼を見つめる。

「けど、それからが大変だったんですよ」
「? 大変?」
「僕、そのような環境で父に育てられてしまったせいで、倫理観がとてもあやふやで……」
「あぁ……なるほど…」
「何をしたらいいのか、何をしたらいけないのか、何をしなくてもいいのか……

 そういうことを協会専属の“導師様”から教えて頂いてとても長く勉強したんです」

つまり、その“導師様”があの“先生”である。

「そっか…」
「けど、その後も大変だったんですよ…」
「え?」
「実は僕、その勉強の中で自分がいかに危うい環境で育てられていたのかにどんどんと気付いてしまって…

 それから、だんだんと“父”を想起させる大人の男性が怖くなって行ったんです」
「……」
「それはもう、協会内を自由に歩けなくなってしまうほどに……」
「そっか、そりゃあ……大変だったな…」
「けど、僕の体にある変化が訪れてからそれはだんだんと克服出来たんです」
「変化?」
「ええ、僕の体に“第二次性徴期”が訪れたんです」
「!」

僕は自分の胸に手を当てる。

「どんどん体が大きくなって、どんどん声も低くなって…そして、精通が来て…

 男としてどんどん成長することで僕は少しずつ父の影から遠ざかることが出来るようになりました」
「……」
「そして協会内の誰より身長が伸びた時、僕は父の影を完全に払拭出来たんです」

トナさんが柔らかく微笑んでいる。

「そっか…じゃあ、今はもう全然怖くないんだな?」
「はい。 今はもう、全然大丈夫です」

ううん、本当はさっきまで怖かった。 でも、本当に今はもう父のことなんて少しも怖くない。

だって、トナさんがこうして話を聞いてくれたから…

「けど、なんでオレが身長に劣等感を抱いてないって言う話から自分の話をする気になったんだ?」
「え?」
「いや、だってなんか…あんまり関係性を感じないと言うか……」

トナさんにそう言われて、僕は思わず苦笑いをする。 そっか、そうですよね……

「いえ、だってトナさんは当時の僕と身長が同じくらいなので……」
「え?」
「それなのにとてもお強くて、こんなに頼りがいがあって…

 その上、その身長を生かされているということですから僕はとても感慨深いです」
「い、いや! ちょっと待て! さすがにそれはおかしい!」
「え? おかしいですか?」

トナさんが右手で僕の言葉を制する。

「一応! 言っておくけど、オレは158だぞ? さすがに8歳の子供が158はおかしい!」
「あ、いえ、その当時ではなく……僕が10歳の頃、父の影に怯えていた頃です」
「ああ、なんだ、10歳か……え!? いや、それでもでけぇな!」
「え? そうなんですか? その当時、協会内には僕以外に子供っていなかったので、

 比べようがなかったんですよね…」
「いやー…うん、すごい大きいと思うぞ……けど、そっか…オレはお前の10歳頃の身長しかないんだな……」
「…トナさん?」
「なんか、今が一番劣等感抱きそう……」
「え!? そんな!」

なんてやりとりをしていたらどんどんと夜は更けて行って……僕は、この部屋でトナさんと一緒にこの日を終え、そして約束の期限の朝をトナさんと一緒に迎えたのだ。

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