Ep41 【新しい朝に・トナ視点】
迎えるはずのなかった朝をオレは迎えた。
静かな部屋の中…けれど、隣からは微かな寝息が聞こえる。
ゆっくりとそちらを振り向く……今日も相変わらず綺麗な寝顔だな、なんて思ったりする。
それから、あまり気を遣わずにベッドから起き上がるとベッド横の給水器から水を汲み、ゆっくりと飲み干す。
そして、部屋の中のそこそこ広い場所に行き、簡単に体を動かす。
(昨日よりは大分体がまともに動くな……)
なんて思いながら、ふとテーブルに目をやるとその上に封筒が2つ置いてあった。
(? そういえば、昨日、キーオはこれを持って帰って来ていたような……?)
記憶はおぼろげながらオレはそのうちの1つを手に取り、中身を取り出す。
「!」
中に入っていた紙、いや、その書類には“トアルディア協会在籍推薦書”と書かれていた。
オレは慌ててもう1つの封筒も手に取り、中身を取り出す。
「!!」
そちらの書類には“婚姻届”と書かれていた……
「……」
オレはその書類を持ったまま、ベッドで眠っているキーオを見る。
(そういえばキーオはオレとどうすればずっと一緒にいられるのか…ずっと考えてたな…)
そう、あの夜からずっとキーオはそんなことを考え、オレに提案していた。
そして、昨日オレがあんなことになったから、ついに行動を起こしたのだろう…
(やれやれ…)
事を急くなと…あいつに言ってやりたい気持ちも湧いた。
けれど、オレももうキーオと離れるつもりなど微塵もない。
だったらいつ、これに名前を書いても構わないのではないだろうか…
「……」
そう考えるとオレがすべきことは1つだと思った。
Ep42 【新しい朝に・キーオ視点】
「ん……うん……」
意識が浮上し、僕は目を覚ます。 そして、無意識のうちに隣にいる彼を探す……が、
「!?」
彼を探り当てられず、僕は跳ね起きた。
「と、トナさん!!」
僕は誰も眠っていない隣の空間に向かって彼の名を叫んだ。 すると、
「おぅ、なんだよ」
「!!」
まったく予期していない方向から彼の声が聞こえ、僕はそちらを振り向く。
すると、テーブルを挟んだ向こうの椅子にトナさんが座っていた。
「うん、いや……まぁ、オレのせいなのは分かるけど……でも、もうちょっとゆっくり起きろよな」
彼はそう言いながら、何かの紙をとんとんとテーブルで揃えている。
(あれは…)
僕はそう思うよりも早くベッドから飛び起き、彼の元へと駆け寄る。
「わっ!」
「と、トナさん! その書類は……!」
と言った僕の目に彼の名前が書かれた書類が映り込む……
(え…?)
僕はそれを掴もうとしていた手を止め、彼を見つめる。
「なんだよ、その慌てようはよー……もしかしてまだ書いちゃダメだったのか?」
彼はまるでそれが何も特別なことではないことのようにそう言った。
「……いえ、まさか…名前を書いて下さっているとは思わなくて……」
「え? お前、オレが名前を書くとは思わずにこの書類持って来たのかよ…」
「は、はい…だってトナさんならもっと時期を見定めろ、
とかそういうことを言われるかと思っていたので……」
「…なんだ、オレのことよく分かってんじゃねぇか……」
「でしたら、どうして……?」
僕はバツが悪そうにそっぽを向いた彼に問いかける。
「……」
ゆっくり彼が僕に振り向く。
その顔は朝日に照らされているのに…とても赤くて……
「オレだって、もう…お前と離れるつもりがないからだよ……」
僕はやっぱりこの人のことがどうしようもなく好きだと思った。
Ep43 【そうして、2人は旅先で出会った。・キーオ視点】
「よし、オレは準備終わったぞ」
部屋の中心で仁王立ちしながら、すっかり帰り支度の整ったトナさんがそんな言葉を掛けて来る。
「はい、僕も準備終わりました」
昨日洗って干していたケープを着込み、僕も彼にそんな言葉を掛ける。
「しかし、この格好で外を出歩くって言うのは……なんか妙な気分だなぁ」
「そうですね…けど、トナさんの装備一式はもう……」
「おぅ、分かってるよ。 けど、どこで買い直すかなぁ……」
と、ほぼ室内着の彼が腕組みをして考え出す。 けれど…
「いえ、買い直して頂かなくて大丈夫ですよ?」
「え?」
「だってトナさん、トアルディア協会に在籍が認められれば、協会から装備一式が支給されるんですから」
「え? 冒険者にも装備くれんのかよ」
「はい、もちろんです」
「え…けど、オレ、トアルディア協会のそういう紺色のケープとかコートとか
着込んでる冒険者って見掛けたことねぇぞ?」
トナさんが僕のケープを指差される。
「いえ、もしかしたらトナさん…トアルディア協会の魔術師と思って見ていた方が、
実は冒険者だったりしたのかもしれませんよ?」
「え!?」
「実はそれくらい見分けのつかない装備を下さるんですよ」
「え…? なんでわざわざそんな?」
「トアルディア協会は一応、表向きは“魔術師協会”ということになってますから、
実はそこに冒険者も所属出来る、という風に外部の方に悟られたくないからです」
「? なんでだ?」
「魔術的な案件の中にも魔術師だけでは対処し切れないもの、というのがやはりあるんです。
けれどそれは、魔術に精通していない冒険者だからこそ対処出来る案件だったりするわけですよ。
ですから、そういう場合に冒険者の力を借りるのですが、
だからと言って冒険者なら誰でもいいわけではないんです」
「まぁ、そうだろうな」
「そのため、協会に力を貸して下さる冒険者…
つまり、“協会に所属出来る冒険者”というのは“協会の魔術師が力を認めた冒険者”だけなんです」
「うん」
「つまり、協会の魔術師に力を認められていない冒険者が
勝手にトアルディア協会に所属したいと願い出て来ないよう、そういう取り組みがされているわけです」
「あー…なるほどねぇ…」
トナさんはそう言葉では納得しつつも、表情の方はあまりそのような感じには見えなかった。
「……やはり、魔術師は自分勝手だと思いますか?」
「いや! そんなことはねぇよ! ただ…」
「ただ?」
「魔術師と見分けがつかない格好って……オレなんかが着ていいのかなって…」
「……」
トナさんがとても困った表情でさらに上目づかいで僕を見ている。
僕はその表情に多少思うところがあったが、努めて平静を保った。
「大丈夫ですよ、トナさん。 実はここだけの話、今、協会内で一番偉い方も実は魔術師ではないんですよ」
「え!?」
「とは言いましても随分長いこと第一線で活躍されていて、
協会内の魔術師からの信頼もとても厚くて、素晴らしい方なんです」
「へぇー……」
「ですから、トナさんも大丈夫ですよ」
「え? うーん、なんで今の話の流れでオレも大丈夫と言うことになるのかは甚だ疑問だが…
まぁ、推薦書に名前を書いちまったからには、もうしょうがないよなぁ……」
「そうですよ、もうなるようにしかなりませんから」
僕は彼の手を取り、しっかりと握る。
「おぅ、そうだよな」
そして、彼も僕の手をしっかりと握り返してくれた。
「じゃあ、行きましょうか」
「おぅ」
そうして、僕とトナさんは同じ方向へと一歩を踏み出した。