Ep37 【トナの話・トナ視点】
「はぁー……」
天井を見上げながら、オレはもう何度目か分からない溜め息を吐いた。
先ほどまでこのベッドの上でオレはキーオに対する気持ちをすべて正直にあいつに話した。
けれど、その間オレはずっと涙が止まらなくて、気が付いたらキーオも泣いていて……そしたら、最後にはもう2人で涙を流し続けながら抱きしめ合う…というおかしな状態になっていた。
そして、今やっと涙が涸れ果てて、どちらが促すでもなく一緒に浴場に行って顔を洗い、寝支度を整え、オレが先にベッドに入っているところである。
(けど、これでいいわけないよな……)
しかし、オレはそのベッドの中でもまたそんなことを考えていた。
(だって、肝心なことを話せてない……)
そう、あの魔獣のこと。 どうしてあの魔獣にこだわったのか…それをオレはキーオに話さなければならない。
すると、浴場の扉が開く音がしてそこからすっかり寝支度を整えたキーオが出て来た。
「ふぅー……」
キーオはそう息を吐き出しながら、ベッドに腰を下ろす。
「……なぁ、キーオ」
「! はい、なんですか? トナさん」
キーオの赤い瞳がオレを見つめる。
「お前にもう1つだけ、聞いて欲しいことがあるんだ」
「!」
キーオの切れ長な目が少し見開かれる。 けれど、すぐに真剣な顔になって、
「はい、ぜひ聞かせて下さい」
と、キーオが言った。
Ep38 【トナの話・キーオ視点】
トナさんと並んで布団に入る。
そして、お互いに体を向け合うとトナさんが話を始めた。
それはあの魔獣の話であり、このホテルに宿泊した初日にトナさんが話してくれた“討伐隊”の話でもあった。
成人してすぐ故郷の村を飛び出して、予てからの憧れであった“討伐隊”に入るべく冒険者になったこと…けれど、駆け出しの冒険者の入隊を許してくれる討伐隊はなかなか無く、実は半分諦めていたこと…しかし、駆け出しの冒険者でも入隊を歓迎してくれる討伐隊があり、そこへ入隊したこと…そして、成果を上げ始めたその討伐隊であの魔獣を討伐しに行ったこと…けれど、その討伐隊に所属していた魔術師の術があの魔獣には一切効果がなかったこと…それを受け、討伐隊のリーダーがまだ経験も浅く、一番年の若かったトナさんを囮にしてその場から一人で逃げ出してしまったこと…だが、そんなトナさんをすぐに助け出してくれたのが“ガナンさん”という冒険者だったこと…しかし、陣形の乱れた隊は混乱し、出口から遠い場所にいた仲間があっという間に4人も魔獣に殺されてしまったこと…やむを得ず、ガナンさんはトナさんと近くにいたもう一人の仲間を連れてその場を逃げ出したこと…けれど、洞窟への出口までかなりの距離があり、魔獣に追いつかれる危険性を感じたリーダーがガナンさんを囮にしたこと…そして、ガナンさんにそれをさせたのは自分であるとトナさんは言った……
「もし、オレがあの討伐隊に入っていなかったら…ってよく考えるんだよ」
「……」
「そしたらさ、みんな今頃…どこかで魔物の討伐をしてたかもしれないって…」
「……」
僕は何も言わず、ただトナさんの手を取り、握った。
「…うん、分かってるよ……そんなこと考えても今さらどうしようもないって…
けど、やっぱり考えちまうんだよな…」
トナさんが僕の手を握り返す。
「でもな、オレは本当はあの時…怪我が治ったらすぐにあの魔獣のところへ行くつもりでいたんだ」
「!」
「けど、怪我が治りかけた頃に魔獣が棲み処を移動したって話を聞いて…」
「……」
「だから、オレは今日まで生き残ってたんだ……あの討伐隊の中で、唯一…」
「え? 唯一…?」
僕は思わず口を挟んでしまう。
「討伐隊のメンバーは3人生き残ったと言ってませんでしたか?」
「うん、そう、あの場からはリーダーとクレルクさんとオレの3人が生き残った」
「……あの場、と言うことは…」
「ルースアンの医療施設からオレが退院する時、そこの医術師の人が教えてくれたんだ、
リーダーとクレルクさんが近隣の森で亡くなっていたって……」
「!」
「けど、2人ともすでに体の大半を魔物に食い尽くされていて、
なぜ、そんなところで亡くなっていたのかは判断出来なかったらしいんだ」
「そう…ですよね、魔物がいる森で亡くなる、ということはそういうことになりますよね……」
「うん、けど、オレはさ…」
「はい?」
「きっとクレルクさんがリーダーを殺して…そして、クレルクさん自身も……ってそう思ってる」
「…なぜ、そう思われるのですか?」
トナさんが僕から少し視線を外す。
「クレルクさんは…あの討伐隊で一番冷静で、一番正義感の強い人だった…
だからオレは最初、この人が討伐隊のリーダーなんだろうって思ってたんだ」
「はい…」
「けど、実際は違ってて…あの討伐隊の中で一番感情の起伏が激しくて、
一番接し方の難しい魔術師がリーダーだった。
しかもクレルクさんを含め、他の2人の魔術師もそのリーダーには一切逆らおうとしなくてさ…」
「……」
もしかしたら、家柄とか年功序列などを重んじる部類の魔術師だったのかもしれない…僕はそう思った。
「でも、あの魔獣を討伐しに行こうとリーダーが提案した時、本当はクレルクさんは反対したかったらしい…
けれど、あの人には逆らえず賛成してしまった…と言うことをオレを医療施設に連れて行ってくれた時、
クレルクさんが話してくれた。 そして、後のことは私に任せて、
オレにはとにかく療養に専念するようにと言って……それっきりになったんだ」
「……」
「だから、リーダーの行いを改められず5人を死なせてしまったことへの責任感で、
クレルクさんがそうしたんじゃないかって…オレは思ってるんだ」
「そう、ですね…そうかもしれませんね……」
トナさんがその最期を魔獣に託し5人の仲間に報いようとしたように、そのクレルクさんという魔術師はその元凶を自ら裁くことにより5人の仲間に報いようとした…きっと、そういうことなのだろう。
「それからはずっとお一人で魔物を討伐しながら、町や村を転々とされていたんですか?」
「うん、そうだな…なんかもう、誰かと関わるのが本当にイヤで、本当に怖くてさ…」
「故郷に帰ろうと思ったりはしなかったんですか?」
「思わねぇよ……だって、もう絶対帰るもんかって出て来たのに…それに故郷に帰るってことは
冒険者をやめるのと同じことでそれって完全に責任放棄になるだろ?」
「……」
「だからオレは意地でも冒険者を続けたんだよ」
「……」
僕は彼の手を両手で包み込む。
「…どうした?」
そんな僕の行動にトナさんはとても不思議そうな顔で問いかけて来る。
「トナさん、冒険者を続けて下さってありがとうございます…」
「え?」
「トナさんがこうして…意地でも冒険者を続けて下さったから、僕は今こうして生きているんです」
「!」
「そして今、こうしてあなたの手を握れているんですよ」
「キーオ……」
「だから、本当にありがとうございます…僕はあなたとこうして出会えて本当に嬉しいんです」
「ば、バカ! お前…またオレを泣かせるつもりか……」
「いえ、そんな…僕は思ったことを正直にお伝えしただけですけど…?」
「お前のその正直なところがオレの涙腺を刺激するんだろうが……!」
少し照れくさそうにそうやって声を張り上げるトナさんがとても可愛く思えた。
左手をその頬に触れ、親指で何度か顔の輪郭を撫でる。
すると、彼はその手に右手を添えてくれた。
「お前の手…大きいな」
「…トナさんは小さめですよね」
「まぁ、体が小さいからな……」
「……」
僕はそこで今までなんとなく感じてはいたけれど、直接訊くことを躊躇っていた疑問を彼に投げ掛けてみようと考えた。
「あの、トナさん…」
「ん?」
「トナさんはその……ご自分の身長に劣等感を抱いたことってありますか?」
「え? うーん……」
彼はしばし考え込む。 けれど、
「…あー……例えばさ、高い位置の物を取ろうとした時にもうちょっと身長があれば…! って思ったり、
年齢をいちいちすっげー若く見られるのはたまらなく面倒くせぇなぁ…とは思うけど、
でも別にこの身長自体に劣等感ってほどのもんは抱いたことねぇかな…」
と、彼はあっさり答えてくれた。 そしてそれを受けて僕は、
「あ…やっぱりそうなんですね」
と言う他なかった。
「なんだよ…オレ、もうちょっと大きい方がよかったか?」
「いえ! まったくそのようなことは…」
「だよな? 抱きしめやすくて丁度いいだろ?」
「そ、そうですね……それはとてもそう思います」
「あ、けど…」
「?」
「討伐隊のリーダーにチビチビ言われてた時はさすがにちょっと劣等感抱いてたかも」
「ああ…」
「そんで当時は、どうせ身長なんかそのうちすっげー伸びるのに! とか思ってたな…」
「ちなみにその当時からどれくらい身長は伸びたんですか?」
「え? あー……多分3センチくらいだったかな?」
「……」
「いやいや、そんな憐みの目を向けられてもな……」
「え? 僕、今そんな目をしてましたか?」
「してたよ……けど本当にオレはさ、自分のこの身長に関しては別に劣等感なんか抱いてないし、
むしろ、あんまり身長の変化が無かったお陰で一度身に付けた戦闘スタイルを
ずっと貫いて来られたわけだから、結構気に入ってんだぜ?」
そう言いながらトナさんはにかっと笑った。
「……」
そして、僕はそんなトナさんを見て、
「トナさん、もし、よろしかったらでいいんですけど…」
「ん?」
「今度は、僕の話を聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」
と訊ねてみた。