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  Ep33 【トアルディア協会にて・キーオ視点】

 

「キーオさん、お帰りなさい」

帰還の扉をくぐると、そう言って出迎えてくれる人物がいた。

「エル君、扉を開けてくれてありがとうございます」
「いえ、これも見習いの仕事ですから」

彼は僕の弟弟子のエル君。

しかし弟弟子とは言いながら、彼の父親が僕の魔術の師匠であるため、お互いに敬語で話す不思議な間柄だ。

「でも、キーオさん…なんだかお荷物少なくありません?」
「はい、実はまたすぐにあちらへ戻るつもりなんですよ」
「え!?」

エル君が驚きの声を上げる。 まぁ、それはそうだろう…

「もしかしてキーオさん、あちらの町に定住をお考えなんですか?」
「え? いえ、そんなつもりはありませんが…」
「あれ? そうなんですか?」
「はい。 …と言うかなぜ、エル君はそのように?」
「いえ、任務が終わってからキーオさん、さらにあちらの町での滞在許可を取ってらしたじゃないですか。

 その上、今こうして協会にご帰還されたのにまたあちらへお戻りになるとのことなので、

 もしかしたらそうなのかな~と…」
「ああ…確かに…」

エル君のその考えを聞いて僕は納得する。 けれど、僕があの町にこだわるのは…

「実は僕、結婚しようかと思ってるんです」
「え!?」
「ですから今はその書類を取りに戻って来たんですよ」
「き、き、キーオさんが……ご結婚!?」

エル君がいつもなら絶対に発しないような声を上げた。

「……まぁ、そういう反応になりますよね…」
「あ! いえ、すみません…! え!? と言うことはあちらの町で出会いが……?」
「はい」

と、僕はとても自然に微笑んでそう言えた気がする。

すると、エル君はなぜかとても感極まったような表情になり、声を震わせながら、

「そ、そうなんですね…! よかった……っ」

と涙を流し始めた。

「え…どうしてエル君が泣くんですか?」
「いえ、本当そうですよね……けどオレ、すごく嬉しくて……!」
「嬉しい?」
「はい、実は父さ…いえ、父が常々言ってたんです…」
「師匠が?」
「はい…“あの子も妻と出会った私のようにいつか

 いい人に巡り合えたのなら表情筋が活性化するのにな”って…」
「……」

師匠…弟弟子に向かって何を仰っておられるんだ……

「じゃあ、キーオさんはこれから役所に行かれるんですね」
「はい、そのつもりです」

そう言うと僕は何となく近くの掲示板に目をやる。

「あ、そういえばエル君」
「はい」
「実はそれとは別に欲しい書類があるんですよ」
「書類、ですか?」
「はい、もし都合が悪くなければでいいんですけど、僕が役所に行ってる間に準備して頂けませんか?」
「! はい! 大丈夫です、全然都合悪くないです!」
「そうですか、では―――」

僕はエル君にその書類について説明をした。

説明を受けている間、エル君は驚いたり、微笑んだり、大きく頷いたりして…僕はそれが少し面白いと感じ、少しだけ笑った。

「キーオさん…数日前とは別人みたいですね」
「え?」
「だって今のキーオさん、雰囲気がすごく柔らかくて…」
「……そうですか?」
「はい!」

にこやかに微笑みながらエル君が力強く頷いた。 そうなのか…エル君にはそう感じるのか。

「それでは、僕はそろそろ役所に行って来ます。 書類、よろしくお願いしますね」
「はい、任せて下さい!」

そうして僕はエル君に見送られながら部屋を出て、協会内の長い廊下を歩き始める。

こちらの町ももうすっかり夜だ……石を積んで建てられたこの建物内にもその影が落とされ、一層不気味な雰囲気が際立つ。

その中を一人で歩いていると…何か得体の知れないものがその影から現れるのではないか…と思えてしまい、思わず歩みを早める。

(エル君と少し話し込んでしまったな……今、どのくらい時間が立っただろう…)

ふと、頭に彼の姿が浮かぶ。 ああ…早くあちらに戻って彼を抱きしめたい……なんて思っていたら、

「キーオ君」
「わっ!」

前方の影から不意に現れた先生に僕はとても驚かされた。

「はぁ……はぁ……」
「おやおや…そんなに驚いてくれるなんて」
「いえ…今の状況でしたらこれくらい驚くのは普通だと思いますよ……」

僕は廊下に膝をつき、ぎゅーっと痛くなった胸に手を置いて気持ちを落ち着ける。

「キーオ君」

けれど、先生に再び名前を呼ばれたので僕は一度だけ深呼吸をして立ち上がり、先生を真っ直ぐに見据え、

「はい」

と返事をする。

「キーオ君は運命に出会えましたよね?」
「!」
「ふふ、その顔…そうですか、よかったです。 私はそれを確認したかったんです」

そう言うと先生はその長すぎる髪をなびかせながら、僕に背を向ける。

「あ、あの…! 先生……!」
「何ですか、キーオ君」

けれど、僕が呼び止めるとまたこちらを振り向かれる。

「先生はもしかしてあの時、彼の……いえ、彼が僕と出会うことで、

 どのような運命を辿るかまでご存知だったのではありませんか?」

僕は震える手を握りしめながら、そのようなことを先生に問い掛けた。

「……」

先生はしばし逡巡される。 けれど、

「ええ、知っていましたよ」
「!」

静かに微笑みながら、そう先生は肯定された……

「けれど、私に代償を支払わなかったのはキーオ君ですよね?」
「!」
「ですから、私が教えなかったと責めるようなことは止して下さいね?」
「……いえ、そんな…先生を責めるだなんて……」

僕はそう言いながら首を振った。

そう、先生を責めるだなんて元々考えていなかった。

けれど、どうしてもそのことを訊いておきたかったのだ…

僕はもう一度だけ深呼吸をする。 そして、

「先生」
「はい、何ですか」

姿勢を正し、先生をより真っ直ぐに見据える。

「もし、次にこのような機会があった場合、僕はもう迷ったりしません」
「!」
「彼のためだったら僕の何を代償にして頂いても構いません…絶対に先生に導いて頂きます」
「キーオ君…!」

先生が両手を重ねて、それをご自分の口元へと当てられる。

「なんて素晴らしい自己犠牲! 本当に好きなんですね! そのお相手のこと!」
「はい、僕は彼のことを愛しています」
「まぁ、素敵……そのような甘美な響きをキーオ君の口から聞けるだなんて……!」

先生は頬をほんのり赤らめながら、恍惚とした表情をされている。

「けどね、キーオ君」
「? はい」
「もう私にはあなたを導いてあげることが出来ないんですよ」
「え?」

先生はそう言うと口元から手を離し、その手を後ろで組み、スッと姿勢を正された。

「あなたはもう、私の手を離れてしまいました…だから導いてあげることが出来ないんです」
「先生の手を…離れる?」
「運命に出会うとはそういうことなんです…

 ですから、キーオ君は今後そのお相手と2人で歩んで行く他、道がないんです」
「……」
「簡単に言ってしまいますと、“運命を知る”、“導いてもらう”というのは、

 “必然を回避する”ための手段なんですよ。

 ですから、私に導かれなかったキーオ君は必然を回避せず、他の選択肢をすべて放棄してしまった…

 という状態になったわけですね」
「……」

先生の仰っていることは何となく分かる…何となく理解出来る。 けれど…

「ですが…今後、どのような困難が待ち受けているか…などという導きは頂けないのでしょうか?」

と僕が訊ねると、先生はとてもにこやかに微笑んで、

「キーオ君、この人とならどんな困難も乗り越えてみせる! …という気概ってとても大事だと思いません?」

と仰られたので、僕はもう何も訊けなかった。

  Ep34 【再生・トナ視点】

キーオが部屋を出て行った後、オレは気持ちを落ち着けて目を閉じた。

けれど、あの洞窟からこのホテルへ戻って来る間…つまり、結構な時間を寝て過ごしてしまったために全然眠気が襲って来なかった。

だからと言って体を動かすほどの体力はなく、オレはただ天井をボーッと眺めることしか出来ないでいた。

ふと、自分の左手をその視界にいれる。

「……」

そういえば、オレの体の傷…と言うか、あの損傷を、キーオは一体どうやって治癒させたのだろう…いくら魔術師と言えどあれほどの激しい損傷を治癒させるなど不可能なはず…

それとも、そもそもオレがあれほどの損傷を受けたこと自体が実は夢だった…とか? いや、そんなわけはない…だって、あの感覚は……今もこうしてありありと思い出すことが出来るのに…

「……」

オレは左手を視界から外すとそのまま自分の唇へと当てる…そこは丁度先ほどキーオがその唇へ当てたのと同じ場所…

そういえば、あの人と再会したあの夢の中で…オレは体の中に熱を感じた。

その熱は重ねたキーオの肌のそれのような…深く交わったキーオの内側のそれのような…そんな熱だった。

だから、もしかしたら…

肌を重ね、深く交わった者同士ならば赦される何かの術があるのかもしれない…だから、キーオはそれを使ってオレのこの体を再生してくれたのかもしれない…

そう思うと、急に胸が苦しくなって……オレは再び、涙を流す。

早く会いたいな…そして、この体を強く抱きしめて欲しい……もうオレのこの体はお前のぬくもりが無くちゃダメなんだ…きっと、そういう風にお前がつくり変えてしまったんだ…

キーオ……

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