Ep25 【彼を探して03・キーオ視点】
森の木々をそして草場を掻き分け、僕はひたすらにその場所へと駆ける。
もう、とっくに体力は尽きているはずなのに彼を思うとそんなことは全然気にならなくて、僕は自分の足がもっともっと早く動けばいいのにとずっとそう思いながら駆け続けていた。
「はぁ…はぁ…」
けれど、僕は向かう道筋に時折転がる魔物の死体を確認するため、幾度か立ち止まる。
小振りな剣で斬り付けられたようなその死体…けれど、一部が切り取られた痕跡は見受けられなくて…彼がどれほどの覚悟を持ってこの道筋を辿ったのかが窺えて来るようだった。
そして、再び僕は駆け出す。
森の奥深くを駆け抜け、もっと奥深くも駆け抜ける…そうして、森の最深部…瘴気も一段と濃くなり、並の冒険者ならもう立ち入ることの出来ない領域…けれど、そんな場所にも魔物の死体が転がっている。
こんな場所の魔物をこんなにもあっさり倒してしまうのだから、彼ならきっと魔獣だって倒せてしまうのではないか…? なんて楽観的な考えが一瞬頭に浮かび、僕は首を振る。
(魔力を感知出来ない冒険者に魔獣は絶対に倒せない…
そんなことは協会でイヤというほど教えられたじゃないか。
だから、彼自身もそれを承知でこうしてその覚悟を示しているんだ…)
けれど、僕は彼にそんな覚悟を持って欲しくはなかった。
いや、そもそも僕はなぜ彼が一人で魔獣に挑むのか……その事情を知らないし何も教えられていない。
だからこうして覚悟を示されても何一つ納得出来なかった。
そうだ、彼がどれほどの覚悟を持っていようと僕には関係ない!
僕はただこの手でもう一度あなたを抱きしめたいんだ!
だから、嫌われてもいい…僕がその魔獣とあなたの間に入って、その魔獣を討伐する。
そうしてあなたが生き残ってくれるのなら…
「はぁ…はぁ…」
ここまでずっと森の中を駆け抜けて来た。
けれど、僕の視界には今崖が広がっている…その岩壁に手を添え、僕は崖に沿って歩き出す。
すると、中から空洞音が聞こえて来て僕はその場所を急いで探す。
そして、丁度木に隠されたその場所に洞窟の入り口を発見する。
「……」
僕は一旦そこで深呼吸をし…そして、覚悟を決める。
身を屈めて、その入口へと足を一歩踏み入れた瞬間……
鼻腔をくすぐるその匂いに…僕は全身から血の気が引くのを感じた。
Ep26 【因縁の魔獣02・トナ視点】
リーダーとガナンさんが言い争っている声が聞こえる…
「おい! お前! どういうつもりだ!」
「うるさい! 放せ! ガナン、お前だって見ただろ!? この僕の魔術が効かなかったんだぞ!」
「だからって仲間を囮にした挙句、見捨てるって一体何なんだよ!!」
「はぁ!? 仲間!? そんなチビ、僕は一度だって仲間だなんて思ったことないね!」
「お前……!!」
「おい! そんなところで言い争っている場合ではないぞ! あの魔獣がこっちに向かって来ている!」
「チッ! せっかくここまで逃げて来たのにぃ…!!」
「おい! 待てよ!! まだ話は終わってないぞ!」
オレは…いつもそこで目を覚ます。
「……っ」
「! トナ、大丈夫か?」
ガナンさんが、オレの顔を覗き込んで来る。
「…ガナンさん…はい、大丈夫です……」
「そうか、よかった…もう少しで出口だぞ」
そう言うとガナンさんはオレを抱えたまま、洞窟の出口へと駆け出す。
もう少しで出口だなんて…そんなはずはないのに……けれどオレはその言葉に安堵して、不意にガナンさんの背後を見てしまって……その魔獣と目を合わせてしまうのだ。
「!! ガナンさん!」
「!」
ガナンさんがオレを抱えたまま洞窟の横穴に飛び込む。
そして、先ほどまでガナンさんがいたところへ魔獣の鋭い爪が振り下ろされる。
抉り取られる地面と岩壁……散り散りに飛び散るそれらがその魔獣の凶悪さを物語っていた。
いや、それよりもずっと前に…魔術師のミレイさんとトゥルインさん…そして、冒険者のオリオットさんとベイラクさんが…すでにその魔獣の餌食となっていた。
けれど、本当なら4人は死なずに済んだはずだった。
陣形が乱れたりしなければ……
「!!」
魔獣がガナンさんの入った横穴を崩しに掛かる。
けれど、ガナンさんは魔獣の不意をついてその横穴から抜け出し、出口へと駆け出す。
すると、しばらく進んだところで別の横穴に入り込んでいたリーダーが…ガナンさんの足を引っ掛けた。
「!」
バランスを崩してガナンさんがその場に倒れ込み、ガナンさんに抱えられていたオレは少しだけ投げ出されてその場に尻もちをついた。
「おい! お前! 前衛なんだから後衛の僕たちがちゃんと無事に逃げ出せるように仕事して来いよ!」
「はぁ!? お前……!」
ガナンさんが飛び起き、リーダーに詰め寄ろうとした瞬間、
「おい、ガナン…そこを動くなよ」
「! お前…」
リーダーがオレの首根っこを掴み、そして手にした杖を…オレの脇腹に向けたのだ……
「別にお前がイヤだって言うんなら、こいつに仕事をさせてもいいんだ……
でも、こいつじゃ一瞬で喰われて終わりかもなぁ?」
「!!」
「が、ガナンさん!」
オレは思わず彼の名を呼んでしまったが別にそれは助けて欲しいと…
そんな懇願のつもりで呼んだわけではなかった。
けれど、ガナンさんはオレの顔を少しだけ見つめた後、深く息を吸い込んで……
「大丈夫だよ、トナ……オレがちゃんとあいつを引きつけるからさ」
「! ガナンさん…」
「だからお前は…その間にちゃんと逃げるんだぞ」
「ち、違います! オレが、オレがあいつを引きつけますから! だから!」
「何言ってんだ、オレの方がお前より4つも年上なんだぞ! だから、ここはオレがちゃんと引き受ける」
「でも、でも…!」
「…トナ……オレはお前がすっげーいい冒険者になるって信じてるよ」
「え?」
「そんで、オレが出来なかったこと…例えば、窮地に陥っている誰かをカッコよく助けたり、
何かすっげー魔術師とパーティーを組んだりさ…そういうことをお前にはして欲しいと思ってるんだ」
「ま、待って下さい…! ガナンさん…それじゃ、まるで……」
オレがそう言おうとすると、彼は少し困ったような顔をした。
「トナ、オレはお前の兄貴分でいれてすっげー楽しかったよ! じゃあな!」
けれど、最後にはそう笑顔で言い残して愛用の大剣を手にし、轟音の響くその道を引き返して行ってしまったのだ……
「けっ! 最後までキザなヤツだぜ!」
「! リーダー! ガナンさんを追いかけましょうよ! 4人ならまだ!」
「あ!? クソの役にも立たないお前が何言ってんだ!」
「けど、この事態を招いたのはリーダーなんですよ!」
「! お前!!」
すると、リーダーはオレの脇腹に向けたままの杖に魔力を込めるとそれをそのまま放って来た。
「!」
一瞬、何をされたのか…全然理解出来なくて…でもその後すぐに襲って来た痛みにオレはただその場でのた打ち回ることしか出来なかった…
「! リーダー! 何を!?」
「あ!? こいつが自分のこと棚に上げて、僕のことを悪く言うから罰しただけだろ!」
「…けれど、何もこんな……」
もう一人、生き残った魔術師のクレルクさんはリーダーが出口へ向かって走り出すのを確認すると簡単な治癒術をオレに施し、オレを背に乗せて出口へと向かい始めた。
「クレルクさん……ガナンさんを……」
「トナ君…もう何も言うな……今さら戻ったところで私たちだけではあの魔獣を倒すことは不可能だ」
「けど……それならせめてオレを置いて……」
「そんなことしたらガナンに何を言われるか」
「けど、けど…!」
「…トナ君、ガナンの言う通りになってあげるんだ」
「え?」
「そして、いつか…あの魔獣を君が、君の仲間たちと倒すんだと…
そういうことにして今はこの場から逃げ出すんだよ」
「……」
「悔しいだろうが…この場から生き残る者として、そうやって割り切って生きて行く術もある」
「……」
「…こんな隊に誘ってすまなかった……」
轟音が鳴り響く洞窟の中…時折、ガナンさんの声に似た咆哮が聞こえる……
ああ、ああ……あんなにいい人がオレの身代わりになるなんて……
せめて、オレがもう少し強ければ…あの人の代わりになれたのに……!
けど、生きて行く術か……でも、オレにはなんだか死ぬための準備のように思えて…
それならそれでもいいかなって…そう割り切って納得することにしたんだ……
だからどれだけ多くの魔物を倒しても、どれだけ早く動けるようになっても、どれだけ剣さばきが上達しても、どれだけ一人で戦えるようになっても……オレはいつも心のどこかに、そいつとの最期を思い描いていた気がする……
そして……
「!!」
オレはハッと目が覚めて、寸でのところでそいつの爪をかわす。
抉り取られる岩壁……散り散りに飛び散るそれらが、あの時の光景をありありと思い出させる。
「はぁ……はぁ……」
オレの視界はすでにその半分が奪われていた……別に目玉を抉り取られたとか、そういうことではなかったのだが、先ほど魔獣の爪を剣で受けた際にその衝撃を緩和することが出来ず、そのまま後方へ弾き飛ばされ、頭を打ち、出血したのだろう…
そして、その際少しだけ気を失っていたようで…オレはまたあの時のことを思い出していたのだ。
「……」
岩陰に隠れ、呼吸を整える。
魔獣はなおもオレがいた場所へとその鋭い爪を振り下ろし続けていた。
(あまり、目はよくないのかもしれないな……)
そう分析しつつ、オレは流れる血を軽く手で拭う。
「……」
手袋にべったりと付着したそれを見つめて、なぜか…言いようのない孤独感に襲われた。
(違う、オレは孤独なんかじゃない……オレはここでやっと…あの人たちと同じに……)
なってどうするのだろう…? なったとして、あの人たちは…あの人はこんなこと喜んでくれるのだろうか……よく頑張ったなって褒めてオレを暖かく迎えてくれるのかな……?
けれど、もう引き返すことも出来ない……それにオレはずっとこの時のために生きて来たんじゃないか……
けど、けど…それならどうして今さら…こんなに孤独を、恐怖を感じるのだろう……もう今、この場から逃げ出してあの人に胸を張れないような生き方になってもいいとそう思うのだろう……
ああ、ああ……こんな気持ちになるのなら何も受け入れなければよかった……オレが今、ここでこんなに惨めな気持ちで死ぬのは、きっと……お前が…
「…キ-オ……」
生き残ったオレの人生の中で一番温かくて、大事に思えて…愛しいと思った人。
本当は少しあいつの言う通りに生きてもいいかなって思ったこともあった。
けど、オレはあいつより4つも年上だからオレがあいつの障害になっちゃいけないってそう思い直したんだ。
何より、今こうしてこの魔獣がオレの前に現れたことがその答えなんだって…オレは現実を受け入れ直す。
剣を握る手に再び力を込める。
そして、今もなお執拗に岩壁を壊すことに執着している魔獣の背中に狙いを定める。
「ふぅー……」
全身からすべての息を吐き出し…そして、大きく吸い込む……決して気持ちのいい空気ではないが気持ちを落ち着けるのには十分だった。
「っ!」
素早く岩陰から飛び出し、その背に向けて大きく跳躍し、剣の柄を両手で掴み、高く振りかざす……魔獣の中核……そこにこの剣を突き立てられれば……!!
――だが、気がつくとオレは……魔獣の足元に横たわっていた。
「あっ……! うぅ……!!」
右足が……おかしな方向へ曲がっているのが見えて……オレはその痛みを自覚する。
けれど、そんなことよりも……オレは、自分の左半身がどうなっているのかを見るのが恐ろしかった。
「はぁ……はぁ……んぅっ、げほっ!」
込み上げて来たそれをオレは口から吐き出す…血とか、何か…そういうのが視界に広がって行く……
「……っ」
ああ…やっぱり、オレなんかじゃダメだった…けど、あの時からずっとそんなことは分かり切っていた。
けれど、こうしないとダメだって、だから、ずっと……でも、ああ……よかった、さっきまでの孤独感も、恐怖感も…今はもう、何も……
そうして、むせそうなほどの悪臭の中…オレは再び意識を手放し―――……
「トナさん!!」