Ep23 【彼を探して02・キーオ視点】
もう町にはすっかり日が昇っている。
人々は思い思いに行動を起こし、今日の営みを始めていた。
その中を僕はただ彼を探して右往左往していたのだが…
「はぁ…はぁ…」
昨日、彼と待ち合わせた噴水広場の彼が僕を待ってくれていた街灯の下で僕は早速息を切らせている。
(明確な目的も無く、こうして町中を走り回るのは完全に無駄な行為だな……)
酸素の足りない頭でやっと僕は冷静な判断が出来るようになって来ていた。
そして顎に留まる汗を拭うため、不意に顔を上げると僕の視界に冒険者の一行が目に入る。
「――さて、今日はまずどうしましょうか?」
「はいはい! 私、杖を見に行きたいんだけど!」
「えー…? 昨日もそう言って、杖見に行かなかったか…?」
「バカ! 今日だから入っている杖もあるかもしれないでしょう!」
「えーと…それならオレはとりあえず、昨日の戦利品をルースアンに持って行っとくかな」
「おぅ、そっか。 じゃあ、頼むわ」
「……これはえーと…つまり一旦別行動と言うことでよろしいんでしょうか?」
なんて他愛ない会話をする彼らを僕はぼんやりと見つめてしまった。
彼がこうして今日、僕の前からいなくならなければ…僕も今頃ああして彼と他愛ない会話を出来ていたのだろうか…
などと考え、僕はハッとしてその一行へと近づく。
「あの! すみません」
「! え、はい?」
急に話しかけたものだから彼らはみんな、僕の方を驚いた顔で見ていた。
けれど、僕にはもうなりふり構っていられる余裕などなかった。
「今、ルースアンに行くと仰いましたよね?」
「え、はい! オレがそう言いましたけど……」
「あの、突然こんなことをお願いするのは大変不躾なこととは承知しているのですが、」
「はい?」
「僕も同行させて頂いてよろしいでしょうか?」
「え?」
そうだ、彼は冒険者だった。
だから、もしかしたらそこへ立ち寄っているかもしれない。
「そ、そんなことなら、別に構いませんけど…」
「! ありがとうございます」
そう言うと僕はその冒険者の腕を掴んで歩き出す。
「え!? 今からですか!?」
「はい、なるべく急ぎたいので」
本当は二度ほど彼に同行する形で隣町のルースアンに行きはしたのだが、正確な場所をきちんと把握出来ているのかがとても不安だったため、こうしてそこへ用事のある冒険者に出会えたことはとても運がよかった。
「あの…すみません」
「何ですか?」
「えと、オレの勘違いだったら申し訳ないんですけど…」
「?」
「あなたは、えっと…“トアルディア協会”の魔術師、さん…ですよね?」
「ええ、そうですけど」
「わぁ! 本当ですか! すごいなー! オレ、初めてお話ししました!」
ルースアンへの道中、その冒険者からもそんなことを問いかけられた。
「あ、あの! やっぱり、あなたも悪魔を退治したことがあるんですよね?」
「いえ、残念ながら僕は瘴気の浄化を主にしているので」
「あ…そうなんですね、すみません…」
「……」
その冒険者にそんなことを謝罪されて…そういえば彼はそういう細かいことは訊いて来なかったな…なんてぼんやり考えた。
けれど、そもそも彼は僕のことになんて興味がなかったのでは…? なんて思い至ってしまい、僕は自分で勝手に傷を増やした。
それから、その冒険者の案内のお陰で僕は無事ルースアンに到着した。
冒険者にお礼を言ってから僕はすぐに受付へと走る。そして、彼のことを訊く。
「トアーナ・アルフィリオ様ですね?」
「はい」
受付の女性が手元の資料を確認し始める。
今日何かしらここへ用があって訪れてくれていたら……僕はそう願わずにはいられなかった。
「お預かりしているお荷物がありますね」
「え?」
受付の女性が何かの用紙を僕に提示してくる。
「本日の午後5時までにこちらにお戻りになるご予定とのことで、
討伐時には不要なお荷物をお預かりしております」
「じゃあ今、彼は…魔物を討伐しに森に行ってるってことですね…?」
僕はその言葉を聞いて、思わず確認しなくてもいいことをわざわざ確認してしまった。
「はい」
けれど、受付の女性のその肯定のお陰か…全身の力が一気に抜けて行くのを感じた。
脱力感…ではなく安堵感から来るものだったが、けれど僕はすぐに奮い立つ。
(森に行けば彼と会える…!)
と僕は考え、そのまま森へ向かおうとしたのだが…
「それでですね」
「! はい」
受付の女性がもう一枚の用紙を僕に提示して来た。
「アルフィリオ様は昨日、依頼を受託されているんですよ」
「依頼…?」
僕はその用紙に目を通す。
「それでその依頼というのが…必ず複数人で、という条件のものだったんですけど…」
「……」
僕はその用紙を手に取り、討伐対象の項目をもう一度、けれど今度は声に出して読み上げた。
「冒険者複数人を殺傷した疑いのある…“魔獣”……?」
Ep24 【因縁の魔獣01・トナ視点】
眠っていると同じ悪夢を見る。
けれど、それは単なる夢なんかじゃなくて…実際に起こったあの日の出来事を……
まざまざとオレに見せつけて来るのだ。
決して忘れるな……お前のその命は他人の犠牲の上に成り立っているのだから…と。
まだ日も差さない薄暗い森の中をオレはある場所を目指して歩いていた。
周囲の気配に警戒しながら…なるべく物音を立てずにその場所へと向かう。
オレが駆け出しの冒険者だった頃、オレには7人の仲間がいた。
4人の魔術師とオレと同じく駆け出しの冒険者だった3人……そして、そこにオレをいれて8人のパーティーで…そして、“討伐隊”だった。
すでに魔物討伐経験のある魔術師が4人で討伐隊を結成し、そこへ駆け出しの冒険者が4人加わると言う、何とも不思議な成り立ちの討伐隊ではあったが、これがなかなか絶妙なバランスで成り立ったパーティーだったのだ。
結成当初から魔物をどんどん討伐して、どんどんパーティー内の結束も高めて行って…だから、いつかこの討伐隊で大きな“魔獣”を討伐したいよなって、そんなことを目標に掲げたりして…
だからあの時、討伐隊のリーダーが“森の北西部の洞窟に魔獣が現れたらしい!”という話を持ち込んで来た時、当然パーティー内ではその魔獣を討伐しに行こう、という話になった。
けれどオレは、魔獣だなんてとても立ち向かえそうにない…とそれに反対した。
しかし、パーティー内の多数決という制度の前に…オレの意見は即刻却下されてしまった。
「!」
草場を掻き分ける音に気付き、オレは即座に剣を抜く。 そしてその方向へと構える。
飛びかかって来たその魔物をしゃがんでかわし、振り返りながら斬り付ける。
すると、地面に赤黒い血をまき散らしながら、魔物はそこへ力なく横たわった。
本当ならそいつの一部を切り取りたいところだが、もうオレには必要のないものになるかもしれない…
そう思うと、そこに放置せざるを得なかった。
きっと誰かの役に立つだろう…オレはそう思って歩みを進める。
そうして、森の最深部…高い崖に行く手を遮られたそこへオレはやって来た。
頑丈な岩壁に手を添え、崖に沿って慎重に歩く…
そして、オレの耳に空洞音が響く。
「……」
ついにこの時が来た…ずっとオレは、この時を待っていた。
あの日……魔獣を討伐しに洞窟へと向かったオレたちだったが…結果として魔獣を討伐することは叶わず、それどころか討伐隊のメンバーを5人も死なせてしまった…
そして本当はあの時、オレが5人目になるはずだったんだ……