Ep17 【ホテル2日目01・トナ視点】
「はぁー……本当、この設備だけは最高だなぁ……」
なんてオレは思わずそんな独り言を呟く。
「オレにもちょっとは魔力を使役出来る素質があったら、毎日こうやって風呂に入れるのかな……」
肩まで湯船に浸かり、浴槽に背をもたれながら両手をぐぅーっと前へ伸ばす。
宿泊している部屋に併設された個人浴場……この浴槽に張られたお湯は先ほどキーオが魔術で沸かしてくれたものだ。
なんでも浴槽に取りつけられた魔術装置から水が出て来る仕組みでそこへ魔力を注ぐとその水が沸かされ、お湯になるのだそうだ。
「……」
いや、うん…オレもそうキーオから説明を受けたが、実のところよく理解はしていない。
そもそもこんな簡素な装置から水が出て来ること自体が不思議なのにさらにそれがお湯として出て来るなんて…やっぱり魔術とか魔力とか…オレには理解が出来ない。
「けど、こうやって1人で悠々と風呂に入れるのも今日までだな…」
そう言葉にしたらなんだか少し……
「…っ!」
オレは勢いよく湯船に沈む。
もうこれ以上何も考えてはいけない…考えたらダメだ! だって、オレは―――…
風呂から出るとテーブルでキーオが本を読んでいた。
けれど、オレが風呂から出たことに気付くと、
「あ、あ! トナさん! お風呂から出られたんですね!」
なんて大袈裟に驚きながら、読んでいた本をとても不自然にテーブル下に隠しやがった。
「ああ…上がったけどよ……」
オレが視線をそのまま外さずにいたら、
「ち、違うんです! 何もやましいことはありません!」
なんて言って来やがった。
「いや、別にそうは思ってなかったけど……なんだ、やましい本なのか?」
「いえ! だから……!」
顔を真っ赤にしながら逡巡するキーオを見ていたら…オレはなんだかとても可哀相になって、
「いや…うん、悪かったよ…別にお前の個人的なあれそれを詮索するつもりはなかったんだ」
「え?」
なんて言いながらキーオの隣を横切ってベッド端に腰を下ろした。
「ああ…オレには構わず風呂に入るなり、読書の続きをするなりしてくれよ」
オレがそう言うとキーオは少し困ったような顔になりながら椅子から立ち上がり、オレの目の前に隠した本を差し出して来た。
「?」
「あの…こちらこそあのように取り乱してしまい申し訳ありませんでした…
けど、この本はその…個人的なものというわけではなくて……」
「あ…」
キーオの差し出したその本はつまり、その…そういう行為の指南書だった。
そうか、こいつ…オレが昨日あんなことを言ったから知識を身に付けさせる気でいやがったんだ…!
「お、お前…」
「す、すみません! けど、僕どうしてもあの先に進んでみたいなと思ったんです!」
再び顔を真っ赤にさせながらキーオがそんなことを言った。
「あの先って…つまり、どっちかの尻にどっちかの股間のそれを入れるってことだぞ?」
「はい、それは分かってるんですけど……」
そう言うと、キーオが指南書を両手で抱えて何だかもじもじし出した。
「……ちなみにお前はどっちがいいんだ?」
「ぼ、僕は……その……」
すると、キーオは自分の荷物を漁り始めた。
「?」
そして、見慣れない版の押された紙袋を引っ張り出すとそこから品物を3つ取り出し、テーブルに並べた。
オレはベッドから立ち上がり、テーブルの上のそれらを見に行く。
「これは、軟膏…? こっちは…何だ? 後、これも…」
見慣れた物は瓶入りの軟膏くらいだった。
けれど、後の2つは本当に見慣れない物で…1つは細い筒状の半透明なガラスケースで、もう1つは少し小さめの紙箱……
「なんだよ、これ」
オレが指差す。すると、キーオが顔を真っ赤にしたままゆっくり目を閉じ、そして、
「注射器と……スキンです……」
と言った。それを受け、オレは細い筒状の半透明なガラスケースを指差し、
「注射器…それはこっちか?」
「はい」
そして次に少し小さめの紙箱を指差し、
「そんでこっちがスキン」
「はい…そうです」
そう言うと、キーオはもういよいよ行き場を失ったようにそわそわし出した。 けれど…
「なぁ、スキンって何だ?」
「……え!?」
オレのその言葉にキーオは顔色を一気に青くした。
Ep18 【ホテル2日目・キーオ視点】
「ふーん……」
テーブルの上にあごを置き、手にしたそれを伸び縮みさせながらトナさんは時折そんな声を出す。
「……」
そして、その後ろで僕はいそいそとベッドメイキングを進めている。
(しかし…)
まさか、トナさんが“スキン”をご存知ないとは……さすがにそれは想定外だったし、そもそも軟膏と注射器を前にして不思議そうな顔をしていらしたのも僕としてはかなり驚愕ものだった。
だって、男性同士の行為ではどういったことをするのかは知っていらしたようなのに…
(いや、そもそも…細かいところまでは知らずともどういった物が必要になるのか、
すでに知識を得ていた僕の方がおかしいのかもしれない…)
けれどあの後、彼にはこれらがどういう用途で使われるものかきちんと説明をした。
すると、だんだんと意味を理解して顔を真っ赤にされていたのにはとても……とても来るものがあった。
そしてスキンとはこういうものです、と手渡すととても興味深そうにあのように伸び縮みさせ始めたのだ。
(けれど、軟膏の使用方法について説明している時が一番個人的には危うかったなぁ……)
行為を始めたわけでもないのに彼の反応を見ていたら…どうにも疼くものがあって……
「よし…じゃあ、行って来るか…」
なんて考えていたら、トナさんがそんなことを言いながら椅子から勢いよく立ち上がり、注射器の入ったガラスケースを手に併設された浴場の方へと向かわれた。
「……」
大丈夫だろうか…ちゃんとお一人で処理出来るだろうか…
僕は扉を叩いてそんなことをトナさんに確認したかったが、さすがにそれはやめておいた。
何かあれば彼の方から声をかけてくれるだろうと整えたばかりのベッドに腰を下ろす。
そして、読みかけていた先ほどの指南書を再び読み始める。
そうしてどれくらい経ったのだろうか…浴場のドアがガチャッと開き、トナさんが出て来た。
「トナさん…大丈夫でしたか?」
僕がベッドから立ち上がると、トナさんは僕のところまでどこかおぼつかない足取りで歩いて来たので僕はそんな彼を受け止める。すると、彼がどこか弱々しい声で、
「なんか……これな?」
「え、ええ…」
「この後…すっげー腹減りそう……」
なんて言うので僕は心底ホッとした。
「じゃあ、まずは何か食べますか?」
「いや、いい…だって、余計に出そうじゃん……」
「そ、そうですよね…」
彼をギュッと抱きしめる…すると、彼も僕を抱きしめ返してくれた。
「お前、オレのこと抱きたかったんだな…」
「はい……実は、ずっとそんなこと考えてました……」
「そっか……」
彼が僕の胸に軽く頬ずりをする。
「まぁ、オレもどちらかと言うと…お前に体いじられる方が好きなんだと思う…」
「!」
「だから、お前に抱かれるのに抵抗はねぇよ…」
「そうですか!」
「って言うかすでにそっちの準備をしたわけだから…すっげー今さらなことなんだけどな…」
「あ、そうですよね…!」