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  Ep13 【ホテル1日目02・キーオ視点】

「はぁーーー……」

部屋に併設された浴場の湯船に浸かりながら僕は大きく溜め息を吐いた。

そして、湯船からお湯を掬いそれを顔に掛ける。

(なぜ、なぜ……どうしてトナさんは僕の手からするりと抜けて行ってしまうんだろう……)

先ほどのトナさんの言葉を頭の中で何度も何度も繰り返し思い出す。

誰かと過ごすのが苦手…僕とそういう関係になりたくない…僕とは数日間しか過ごしたくない…

そうして僕はもう一度大きく溜め息を吐いた。

けれどあの時……僕の発言に激高したトナさんが怒りに任せて発していたあの言葉…

“けど、オレはもう騙されないぞ! クソッ、トアルディア協会の魔術師だなんて言うから、

 ちょっとはマシなヤツなのかと思ってたら…!”

僕はその言葉がどうしても引っ掛かって…その言葉の意味についても繰り返し繰り返し考えていた。

浴場から出ると、トナさんが部屋の中心に置かれた椅子に座り、先ほど食事と一緒に運ばれて来たお酒を飲んでいた。

本当は普段お酒は飲まれないそうなのだが…せっかくこうして準備されたのならと今日は飲むことにしたらしい。

「酒って…高いのは結構美味いんだな…」

お酒の注がれたグラスを手で遊ばせながらトナさんがそんなことを言った。

「そうなんですか? 僕、お酒ってまだ飲んだことなくて…」

僕はトナさんとテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を落ち着ける。

「そうなのか…」
「はい、一応はもう飲める年齢なんですけど…初めてのタイミングがなかなか見つからなくて…」
「じゃあ、今飲んでみるか?」
「……そうですね、飲んでみましょうか…」

僕がそう言うとトナさんは空いたグラスにお酒を注いでくれた。

そして、それを僕の前に差し出す。

「ん…」
「ありがとうございます」

僕はそのグラスを手に取り、注がれたお酒をしばし観察する。

グラスの中に深く注がれた赤黒いそのお酒は……まるで血のようだと思った。

けれど、鼻を突く酸味の強い香りと…軽い酩酊感を覚えさせるアルコール分…

(あんまり、美味しそうだとは思わないな……)

なんて思っていたらこちらをじっと見つめるトナさんと目が合う。

早く飲んでみろと…そういう視線を寄越しているのかもしれない……そう思った僕は思い切ってグラスに口を付け、お酒を口に含んでみた。

「うっ!!」

僕は口の中に入って来たお酒の味に驚いて思わずむせてしまった。

「はっは!」

そんな様子の僕を見てトナさんが楽しそうに笑った。

けれど、すぐに椅子から立ち上がり、ベッド横に常設されている給水器から水を汲んで僕のところへ持って来てくれた。

「ほら、水だよ…これ飲め」
「す、すみません…ありがとうございます……」

僕はそれを受け取ると今度は用心しながら飲んだ。

「お前にはまだ早い酒だったかもな」

そう言うとトナさんは僕がテーブルに置いたグラスを手に取り、そのままきゅーっと中のお酒を飲み干してしまった。

「と、トナさん? 大丈夫なんですか?」
「バカだな…大丈夫だから飲んだに決まってるだろ」

トナさんは自分が座っていた椅子に戻り、ゆっくりと腰を落ち着ける。

「けど、この酒は…美味くて飲みやすいから……余計に酔っちまってるかもな…」

そう言われてみると確かに今のトナさんはなんだかすごく…頬が赤らんでいるような気がする。

そのせいで…何と言うか……すごく色っぽく見えて……僕はなんだか落ち着かなかった。

「オレが初めて飲んだ酒は…まぁ、酷い味だったよ」
「!」

トナさんがテーブルに頬杖をつきながら、そんな話を始めた。

「16で故郷の村を出てそれからすぐに冒険者になって……オレ、本当はさ“討伐隊”に入りたかったんだ…」
「討伐隊…」
「そう、何人もでパーティーを組んで…大きな魔物や、群れを成している魔物を倒すあれ……」
「……」
「だからさ、その当時のオレはとにかく討伐隊に入りたいってんで…

 色んな討伐隊に声を掛けてたんだよな……」

そうだったのか……何だか今のトナさんからはまったく想像もつかない。

と言うか成人してすぐに故郷の村を飛び出したんですね……

「けど、駆け出しの冒険者なんか…ただのお荷物じゃねぇか…

 だからどこの討伐隊も入れてくれなくて……だからオレはしばらく町に一番近い森で…

 魔物の討伐の訓練をしてたんだ。

 そしたら…それから一月くらい経った頃に…見慣れない装備のヤツから声を掛けられたんだ。

 “討伐隊に入りたいって言う、駆け出しの冒険者は君かな?”って……だからオレはそうだって答えたわけ…

 そしたらそいつは“そうか、じゃあ、私たちの討伐隊に入ってみないかい?”ってオレを誘ってくれて…

 だからオレは当然、二つ返事でその人の討伐隊に入ったんだ」

トナさんはそう言うと頬杖をやめて、テーブルの上に腕を組みそこへ頬を乗せた。

「その人の討伐隊はその人を含めて、7人で結成されたパーティーだった……

 それでその7人中4人が見慣れない装備のヤツで……

 まぁ、これは後ですぐに分かったことだけど、その4人は全員魔術師だったんだよな」
「!」

“魔術師”という言葉をトナさんの口から聞いて、僕はあの言葉の意味が聞けるのではないかとより一層トナさんの話に耳を傾ける。

「そして、残りの半分はオレと同じように駆け出しの冒険者ばっかりで…

 オレとその人たちはその隊の前衛として雇われる形になったんだよ。

 それからしばらくは戦闘に不慣れなオレたち冒険者の育成のために町から少し離れた森の中で、

 そこそこの魔物を討伐してたんだ。

 最初は慣れないパーティー戦闘に苦戦することもあったけど、だんだんと連携が取れ出して……

 そんでだんだんと強い魔物や、群れを成す魔物を討伐出来るようになって、

 収入に余裕が出て来てさ…だから、たまにはみんなで贅沢しようってことで…

 そん時に初めて入った酒場の安酒がまぁ、美味しくなかったんだよなぁ…」

というトナさんの話を僕はうんうんと聞いていたのだが…

「……?」

その言葉を最後にトナさんの話がぷつりと途切れた。

不思議に思ってトナさんを見ると先ほどの姿勢のまま目を閉じていた。

(え…)

とは思ってしまったのだが、トナさんのそんな様子があまりに心地よさそうだったので僕は話の続きをせがむ気も起きず、椅子から腰を上げるとトナさんのところへ向かい、彼を両手で抱え、ベッドへと運んだ。

そして、とてもゆっくりとした所作で彼をベッドに寝かせる。

けれど、目を閉じたままトナさんが僕の首に両手を絡めて来た。

「!」
「なぁ、キーオ……」
「! はい…」
「昨日…してくれたみたいに……このまま抱きしめてくれよ…」
「え…」
「頼む…」

目を開けてどこか切なそうな顔で僕を見つめるトナさんに…僕は抗うことが出来ず、トナさんの言うがまま、昨日ベッドでそうしたように……トナさんを抱きしめた。

すると、トナさんが僕の胸に頬ずりをする……昨日よりも高いその体温に僕は…思わず胸が高鳴ってしまう。 けれど、

「オレが今までこうして生きて来て…こうやって抱きしめて欲しいって思えたの…お前が初めてだよ」
「え…」
「だから、きっともう…お前以外にはそんなヤツ…現れないんだろうな…」

トナさんのその言葉に僕はどうしようもなく心がざわついてしまって…

「じゃ、じゃあ、どうして…僕と別れようとするんですか?」
「だって、お前…オレより4つも年下だし…まだ17じゃねぇかよ…」
「年齢差ですか? トナさんにとっては年齢差が障害なんですか?」
「違うよ…そうじゃない……だって、お前はまだ17で…これからどんな出会いがあるかも分かんねぇのに……」

この期に及んで…まだ僕の心配をして下さるんですね……けど、

「トナさん…トナさんがそういう相手は僕以外には現れないと仰られましたけど…

 それなら、僕だって同じです!」
「キーオ…」
「僕はもう…トナさん以外をこうして抱きしめたりしません! するつもりもありません!

 だって、あなたは…僕の……!」

と、言いかけて僕はふと冷静になる。

“運命”…だなんて言葉を使ってしまったら、トナさんにまた不信感を抱かせてしまうのではないかと思って……

「何言ってんだ…オレはお前のものじゃねぇぞ…」
「え?」

途中で止めた言葉が思わぬ形でトナさんに受け取られてしまった。

「けど…お前が言うと本当にイヤじゃねぇから不思議だな……」
「どうして…そんなこと言うんですか……」
「……な? 何でだろうな…やっぱりオレ、酔ってるんだろうな……」

そう言うとトナさんは僕の胸に顔をうずめてすぅーっと大きく息を吸い込む。

「お前、今オレと同じ匂いがするな…」
「そう…ですね、同じせっけんを使いましたからね…」
「ふふ……」

そうしてトナさんはもう一度すぅーっと大きく息を吸い込む。

「……」

もしかしてこれは…昨日の仕返しだろうか?

僕がトナさんの傷を何度も舐めたのをトナさんが真似してるんだろうか?

「はぁー……オレはもういいや…」
「え?」
「今度はお前がオレの匂いを嗅いでいいぞ」
「え!」
「何驚いてんだよ…昨日は散々嗅いだりしてたじゃねぇか…」
「いえ、それは…そうなんですけど……」

何だか今日はちょっと…それだけじゃやめられなさそうな……いや、昨日もそれだけじゃないことをしたけど……そう思いつつトナさんから体を放し、しばしトナさんを組み敷くような体勢のままトナさんを見つめる。

「……何だよ、匂いを嗅ぐより他にやりたいことでもあんのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど…」
「そうだよな、もう喉は渇いてないんだもんな」
「ええ…そうですね…」

トナさんにそう言われて…僕は思わずトナさんから視線を外す。

後3日…もしもトナさんが3日経ってやっぱり僕とパーティーを組んでもいいと言ってくれなかったら、僕はこの愛しい人ともう二度と会うことが出来ないのだ……だから、せめて…この3日のうちに…出来るものならどうしてもしたいことがいくつかあったが……

(けれど、それらをすると余計にこの人が離れて行きそうで……とても無理だ……)

僕がそう思ってトナさんから離れようとした時、

「あのさ…別にいいぜ?」
「え?」
「お前…オレと何か、その……したいんだろ?」
「え…?」
「けど、多分…お前も初めてなんだよな? そんで、オレもそんなこと初めてだから…」
「……」
「多分…最後までは無理だろうけど……」
「……」
「だから、な? そんな怖い顔すんなよ……」

僕は今一体どんな酷い顔をしているのだろう……

  Ep14 【ホテル1日目03・キーオ視点】 

「1つ…訊いてもいいですか?」
「ん? 何だよ…」
「どうして3日後には別れるつもりの僕と…こういうことしようって思うんですか?」

ベッド横のランプにだけ火を灯し…薄暗い部屋の中、僕は再びトナさんをベッドの上に組み敷いていた。

と言いつつ、お互い着衣はまだしっかりと着込んだままだけれど…

「いや…3日後には別れるつもりだからだろ…」
「と言うと…?」
「お前に抱きしめられるの、オレは結構好きみたいだから…

 だから、そんなお前とならこういうこと出来るのかなって…ちょっと興味が湧いた」
「そんな興味って……」
「どうせ3日後には別れるんだ……お前の好きにしていいぞ、酷くしてもいい…」
「そんなことは…」
「けど本当、最後まではやめておこうな…

 多分そういうことへのちゃんとした知識、オレ持ってねぇから……」
「はい、それはもちろんですけど…」

僕がそう言うとトナさんは再び僕の首に両手を絡めて来た。

もう全然…昨日のトナさんとはまるで別人に思えて僕は少し違和感を覚えたりする。

もしかして、お酒のせいでこんなに積極的になっているだけなのでは? とか、

このままことに及んだら明日にはトナさんから絶縁宣言をされてしまうのでは? とか、

そういうことを一応考えてはみたけれど…でも、もうその場の雰囲気に抗うことは出来なかった。

ゆっくりと彼の顔に…自分の顔を寄せる。

そして一呼吸を置き、唇を重ねる……柔らかく、けれど少し荒れたそこはほのかな熱を持ち、それを僕の唇に伝えて来る。

僕はしばしその感触に浸る……昨日は叶わなかった行為だ、感慨深さもあった。

「…っ」

初めての口づけに名残惜しさを感じつつも唇を離す。

すると、それと同時に彼が小さく口を開き、息を吸い込んだ。

もしかして唇を重ねていた間、ずっと息を止めていたのだろうか…

いや、もしかしたら僕も息を止めていたのかもしれない…と僕は少しの息苦しさを感じた。

それから僕も呼吸を整えて、再度彼の唇に自分の唇を重ねる。

今度は軽く、短く……けれど三度、四度と続けて同じような口づけを繰り返す。

そして、何度目かの口づけで僕は思い切って彼の唇を舌でなぞってみた。

すると、彼は一瞬肩をビクッと震わせたがうっすらと唇を開き、僕はそこへ深く唇を重ねた。

彼の口腔内の熱を感じる…もっと、もっとこの熱を感じたくて僕は少しだけ開いたその隙間から自らの舌を差し入れ、その奥へと侵入した。

彼の血ほどではないが、彼の唾液も僕には甘く感じられて…上顎を撫で、歯をなぞり、舌を絡め取り、彼を執拗に求め続けた。

すると、彼が僕の首に回した腕の力が強くなったので僕はハッとし、急いで彼から離れた。

「はぁー…っ!」

案の定、彼は口づけの間、上手く呼吸が出来ていなかったようで…大きく息を吸い込み、その後何度か浅く呼吸を繰り返していた。

「……」

僕は申し訳なさから、しばらくそんな様子の彼をただ静かに眺めていた。

けれど、彼の口の端から伝い落ちる透明なそれが…なんだかとても気になって、僕は思わずそれを舌で舐め取った。

「!」

彼は驚き、僕を見つめながら目を見開いた。

僕もそんな彼を見て再びハッとなり、彼と見つめ合う。

「…キーオ、お前やっぱり…」

と彼が言い掛けて…けれど、首を横に振り、

「いや、ううん、オレもお前も初めてなんだから…何と比べようもないんだよな…」

と僕の頬に手を添えた。

「お前はな、キーオ…オレが理想とする動きを完璧にこなしてるんだよ」
「……」
「まぁ、あんまりにも完璧すぎて…オレはお前のことを疑っちまうわけだけど…」
「……」
「でももしかしたらさ、オレとお前のこのやりとりだって他のヤツらから見たら

 全然そんなことはないのかもな」
「……」
「他のヤツらからしたら、お前の行動も初々しく見えるのかも―――…んっ!」

彼の言葉を遮るように僕は再び彼の唇に深く唇を重ねた。

彼の話を出来るだけ聞こうとはした、したけれど…体の中の熱をもう自分では抑えられなくなっていた。

とにかく衣服よりも、肌よりも、肉よりももっと深い部分の彼を知りたくて…僕は堪らなかった。

(熱い…)

僕は着ていた着衣の前部分を勢いよく開き、脱ぎ去り、ベッド端へと放り投げる。

そして、彼もきっとそうだろうと思って彼の着込んでいる黒いインナーの裾を掴むとそのまま強引に頭の方へと捲り上げ、脱がしにかかる。

その時、一緒に肌着も脱がせてしまおうかと思ったけれど、一緒に脱がすのは後から面倒になるだろうと思ってなぜかそこだけは冷静に対処した。

彼の着衣も先ほどと同じようにベッド端へ放り投げる。

すると、どうにも自分の動きを制限する髪が邪魔に思えて来た。

そのため、一旦髪をまとめていたリボンを外し、汗で首や顔に貼り付いた髪も手櫛で掻き集め、それらを高い位置でまとめ上げる。

これで行為に集中出来ると…彼に視線を向けると、

「……」

彼はなぜか両手で自分の顔を覆っていた。

けれど、その指の隙間からしっかりと僕を見つめている。

「……?」

僕は不思議に思いながらも、そんな彼の両手を掴むとそのまま彼の頭より高い位置に置いた。

そして、軽く彼の唇に唇を重ね…今度は彼の額にも口づけをする。

(こんなところにも傷痕があるな…)

僕はそんなことをぼんやり考えながらその傷痕にも口づけをした。

次に首…そこにもいくつか傷痕があって、僕はそこにも口づけをする。

けれど、太い血管に唇が触れるとどうしてもその場所が気になって僕は思わず舌を這わせる。

すると、彼が小さく身震いする…恐怖か、快楽か…そのどちらから来るものなのかは分からないが、僕は構わず舌を這わせ続けた。

「……っ」

薄い肌着越しに彼と僕の胸が重なって…彼の鼓動が僕の胸に響いて来る。

そして、彼の小さな吐息が僕の頭上から漏れ、組み敷いた彼の足が身動ぐのを感じる。

彼の体の熱がより高くなって行き…そして、肌にじわりと汗を浮かべている……

僕は自分と彼の体を支えることにしか使っていなかった自分の両手に気付き、少し体勢を変えると肌着越しに彼の胸へと触れてみた。

「!」

程よく鍛えられた彼の胸は、少し力を加えるとその弾力で形を維持しようと僕の指を押し返して来るようだった。

その弾力が心地よくて僕は何度もその感触を楽しむ…すると、肌着越しに彼の胸の先が僕の手に当たり、

「……っ!」

彼の全身が震えた…いや、跳ねたと言った方が正しいかもしれない。

声こそ出さなかったが、おそらく今までで一番の反応を貰えたような気がする…僕はそう思い、今度はそこを中心に胸の弾力を確かめる。

「……っ、ぁ……んっ……」

彼が小さく、けれど絶えず吐息を漏らし始める…胸の先のそれもだんだんと形が変わって来て…

「! あっ……!」

僕は肌着越しに彼の右胸のそれに唇を重ね、そして舌の先で優しく触れる。

「はぁ……ぁ……っ」

その状態のまま僕はちらっと彼の顔を見る。

すると、彼はまたいつの間にか両手で顔を覆っていた。

けれど、それをやめさせて彼の顔を見たいだとか、もっと声が聞きたいだとか…今の僕にはそういった考えはまったく浮かばなかった。

とにかく、自分の欲求を満たしつつ、彼が快楽を感じられる部分を探すのに必死だったのだ。

気付けばいつの間にか彼の肌着を捲り上げ、彼の肌に直に触れていた。

胸も、肩も、お腹も、おへそも、そして脇腹も…とにかく彼を形作るそのすべてに触れ、そして口づけをする。

昨日、彼が見せてくれた傷痕を再びこの目で確認する…胸にも、肩にも、お腹にも、傷痕がいくつもあり…そしてあの脇腹の痛々しい傷痕…僕はそこに念入りに触れ、そして口づけをし、舌を這わせる。

「ふっ……ぅ……っ」

けれど、そんな彼の苦しそうな声に僕は思わず顔を上げる。

しかし、彼の様子を見て痛みによるものではないのだなと理解し、そのまま続けた。

胸ほどの反応ではなかったが彼は脇腹も弱いらしい…

それぞれの脇腹にそれぞれの手を添える。

そしてその手を、すぅーっと撫で下ろすと彼の腰がビクッと震え、腰が宙に浮く。

僕はすかさず左手を彼の腰へ回すと人差し指で彼の背をなぞった。

「んぅっ……」

彼の体が小刻みに震え、そして僕の視界にそれが入る。

「……」

彼の下腹部が布越しでも分かるくらいに膨らんでいた……僕はそれを見て少し…いや、かなり安堵した。

(よかった…ちゃんと気持ちいいみたいだ……)

今、この行為が僕だけの欲求を満たしているものだったらどうしようと…実はずっと不安だった。

もしかしたら彼が僕の行為に合わせて演技をしてくれているだけなのではないか…そんなことまで考えていた。

けれど、ここにこうして反応があるのなら…

僕は嬉しくなって彼に覆い被さり、彼の頬に両手を添える。

そしてもう一度唇を重ね、深く口づけをした…何度も何度も、角度を変え、舌でなぞる場所を変え、彼の口から透明なそれが溢れるくらい、何度も何度も。

お互いの肌と肌が重なり、より一層お互いの熱を感じる……重なった肌の熱がもっと高くなってこのまま溶け合ってしまいそうだと僕は思った。

そして僕は、僕の下腹部を彼の下腹部にわざと押し当てる。

「!」

驚いた彼が逃げ出してしまわぬよう…僕はぴったりとそれを彼に重ね合わせる。

布越しでまだちゃんと触ったわけでもないのに、そこが一番熱くて……僕はもどかしさのあまりそれを彼に擦りつける。

「ふっ! んぅ……っ」
「!」

彼の体が跳ねる。 そのせいでそこに少し強めの刺激が与えられて僕も思わず体を震わせた。

もう、これは…ちゃんと触れた方がいいかもしれない…と僕は考え、左手をお互いの下腹部へと伸ばす。

そして、まずは僕の下半身の着衣を下げ、それを露出させる…本当はもうずっと痛いくらいに硬く膨らんでいたのだが…ここを露出させるタイミングが分からず、ずっと誤魔化し続けていた。

そして、今度は彼の着衣を下げる。 そうして露出した彼のそれは…僕のと比べるといくらか小振りに見えた。

けれど、僕と同じくらい硬くなったそれが嬉しくて、僕はお互いを軽く握り込むとゆっくりと腰を動かし始める。

「んっ!」

すると、彼が僕の肩を掴んだ。

下腹部からもたらされる快感に耐えるように強い力で…僕は再び彼と肌を密着させ、唇を重ねる。

逃げ場のない快楽を耐えるため、それをより僕に向けてはくれないだろうかと思ってのことだった。

すると、彼は僕の肩を掴んでいた手を僕の首に回し、今度は彼の方から僕の唇を激しく求めてくれた。

彼の舌が僕の口腔内から舌を探り当てたどたどしくそれを絡めて来る…僕はそれが嬉しくて、彼の舌先を吸ったりしてみる。

お互いの下腹部の熱がさらに高くなり、僕は激しく腰を動かす。

彼の足がシーツを乱し、唇から漏れる吐息が一層濃く、甘くなって行く。

「ぅ……んっ!」

もう彼の顔を伝うそれが唾液なのか、汗なのか……

もうよく分からなくなった頃、彼の体が激しく震え、僕の左手に熱いものが吐き出された。

僕は硬さを失った彼を解放する…けれど、彼は僕の首に手を回したまま、なおも唇を重ねてくれている。

だから僕は彼の吐き出したそれを左手に残したまま、自身の下腹部を刺激し続けた。

「……っ」

僕はそう短く吐息をこぼし、彼に続いて熱いものを吐き出した。

自分の左手にも多少かかってしまったが、僕から離れゆっくりとベッドに落ち込んで行く彼を目で追いながら、僕は自分のそれが彼のお腹とそれから胸にまでかなりの量が吐き出されていることを確認した。

「はぁ……はぁ……」

それの余韻に浸りながら僕はその光景をぼんやり眺める。

彼の浅い呼吸に合わせ、彼の胸が彼のお腹が忙しなく上下している…そして、僕が吐き出したそれはそんな彼の動きによって留まる場所を失い、ゆっくりと彼の体を伝って、ベッドへと落ちて行く。

(そうだ…何か、拭う物を……)

僕はやっとそう思い至るとベッドから立ち上がり、ベッド横のサイドテーブルからちり紙を取り、彼の体に付着したそれを拭い始めたが、

「あっ…!」

彼がそんな言葉を漏らすので僕は思わずドキッとしてしまい、その手を止める。 けれど、

「ご、ごめん…ちょっとびっくりして……」

と、彼が少し掠れた声でそう言うので僕は思わずくすっと笑ってしまった。

「なんだよ…何笑ってんだ…」
「いえ、すみません…その声を枯らさせたのは僕なのに……」
「…ああ、そうだよな……」
「水、飲みますか?」
「ああ…そうだな、貰おうかな」

彼がそう言ってくれたので僕は手にしていたちり紙を彼に渡す。

そして、給水器から水を汲む。

「なんか…どっちのも混じってるよな、これ……」

と彼が言うので僕は思わず振り向く。

「本当はちょっと…お前が気持ち悪がったらどうしようって思ってた…」

彼は上体を起こして自分のお腹に溜まったそれを指でいじりながらそんなことを言う。

「けど、こうしてちゃんと…出来たんならお前もよかったってことでいいんだよな?」

と僕の方を見てそんなことを問いかけて来た。

「もちろんですよ! むしろ僕は僕の行為が独りよがりなものになっていないかずっと不安でした。

 だから…トナさんもそのように…して下さって、とても嬉しかったです」
「そ、そっか…」
「はい」

僕は水の入ったコップをトナさんに渡す。

彼はありがとな、と言ってそれを受け取った。

「ねぇ、トナさん」
「ん?」
「また、お風呂に入りませんか?」
「え?」
「ほら、こんなに汗とか…色々なもので体がべとべとになってしまったので」
「いや、まぁ…風呂を沸かすのはお前だからな、別にお前が入りたいならオレも入ってもいいけどよ……ただ…」
「ただ?」
「オレ、ちょっと今は…足腰が立つか分かんねぇ…」
「……」

そう言われると僕はもう、こう言うしかないな。

「じゃあ、一緒に入りましょう!」

と。

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