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  Ep11 【ホテル1日目・トナ視点】

魔女の家での浄化作業を終え、オレたちはその後、日が傾くまで森で魔物を数十体ほど討伐した。

本当はキーオと一緒に魔物討伐をするつもりなど毛頭なかったのだが、どうしても…! とキーオが懇願して来たので、オレは仕方なくキーオと一時的にパーティーを組んだ。

とは言うものの基本的な戦闘スタイルはオレの好きにさせてくれたし、キーオは後衛として前衛のオレの戦況をしっかり見定め、必要な時に魔術で援護をしてくれるという形を取ってくれた。

お陰でいつもの倍近く魔物を討伐することが出来て…オレは本当に、本当に少しだけ気分が良かった。

だからオレは思わず、キーオに今日のお礼がしたいなどと言ってしまったのだ…

「え? …お礼ですか? いえ、そんな! お礼だなんて…」

その時のあいつの…驚いた表情からだんだんと浮ついた笑みに変わっていた様をオレはちゃんと見ていたぞ…

「けど、せっかくですからね! お礼! ちゃんと受け取りますよ!」

そしてあいつはオレの手を握り、昨日までオレが宿泊していた宿のキャンセル手続きを行うと、そのままオレを隣町の中心街へと引っ張って行きやがった…

「ねぇ、トナさん! じゃあ、お礼として今日は僕と一緒にこのホテルに宿泊しましょうよ」

あいつ、キーオはそう言いながらとある建物を指差した。

オレはおそるおそる…その建物を視界に入れる。

「! お前、ここは…!」

オレの首が最大まで可動するくらい立派な構えのその建物は、一部の隙も無くしっかりと均された淡い水色の外壁にどっかりと重厚な青黒い屋根が乗っかっていて…もう、これは…この建物は……!!

「“魔術師御用達の高級ホテル”じゃねぇか!」
「はい、協会に任務終了の報告をいれたらしばらくこちらにに滞在していいとの許可を頂いたので」
「はぁ!? そんなのお前…いつ、どこで報告なんて…?」

おかしい…今日は一日だいたいこいつと行動を共にしていたがそんな素振りは一切見せなかった。

と言うか、トアルディア協会と言えばこの国の首都に本部があるわけで…そこにいつ報告を? いや、そうだ、ルースアンほどではないにしろ、確かトアルディア協会にも支部がいくつかあった。

とするとそこへ報告に…? いや、だから、そんな素振りは全然見せなかったんだよ…と言うか、この近辺にトアルディア協会の支部なんて…あったっけかな…?

なんてことをオレが考えていたら、キーオがオレの耳元に顔を近づけて来た。

「僕がどうやって協会に報告をいれたか…お聞きになりたいですか?」
「え?」
「けど、その方法も実は協会の機密事項で…」
「え!?」
「それでも…お聞きになりたいですか?」
「ば! バカ、お前! そんなことなら教えてくれなくていいよ!」

キーオの顔を左手で押し退け耳元から離す。

キーオと目が合うとキーオは何だか胡散臭げにこちらに微笑みかけた。

(こいつ…こいつはいつもこんな感じなんだろうか…)
「それじゃあ、ホテルに入りましょうか」

と、キーオがオレの手を再び取った。

「え? いや待て…オレは泊まるなんて一言も言ってねぇぞ」
「え?」
「そもそも、魔術師御用達のホテルにオレみたいな冒険者が泊まれるのか?」
「もちろん泊まれますよ! ただ、部屋の機能が魔術師向けに設えてあるので、

 冒険者の方のみでこちらのホテルを利用されると、少々不便な思いをされるかもしれませんが」
「部屋の機能って…」

聞いたことのない言葉にオレの思考は思わず停止してしまった。

すると、いつの間にかキーオがオレの手を引いて、ホテルへと入って行く。

(う、うわ…うわ、うわぁー……!)

一見質素に見えて、けれど細部までこだわり抜かれた赴きのある外観とは裏腹に、ホテルの内装はそれはそれはどこもかしこも煌びやかに装飾されていて…どこを見ても何を見てもオレは情報過多で眩暈を起こしそうだった…

その中を当然のように受付まで歩けるこいつがすごい…やっぱり魔術師だから慣れてるんだな。

しかし、やはりと言うか何と言うか…オレみたいな冒険者はやっぱり一人もいなかった。

キーオの隣の受付で宿泊手続きをしているのも魔術師だし、あそこの待合室で談笑しているのも魔術師だし、今玄関から外へと出て行ったのも魔術師だし……もしかしたら、この受付の女性や男性も魔術師で、向こうから荷物を抱えて来る従業員もみ~んな魔術師なんじゃないだろうか…そう思ったら、オレは自分の場違い感が妙に恥ずかしくなって…なるべくキーオの影に隠れることにした。

すると、キーオはそのオレの行動が嬉しかったのだろう、こっちに向けてとてもにこやかな笑顔を作りやがった。

(そういうことじゃねぇよ、このアホ……!)

とかオレは言いたかったが、この場で愛想を尽かされて一人にされたら堪ったもんじゃない。

だから、オレはただ大人しくキーオの宿泊手続きが終わるのを待った。

「じゃあ、行きましょうか」

宿泊手続きを終えたキーオが再びオレの手を取り、受付より奥の方へと歩き出す。

オレはてっきり階段で上の階へ上がるのかと思っていたが、キーオはホテルの一番奥の扉の前で歩みを止めた。

(? ここが泊まる部屋なのか?)

などとオレが思っていると、キーオは扉のすぐ横の板に手をかざして何かをしているようだった。

すると、その扉がすぅーっとゆっくりと開き、オレは思わず驚いて少しだけ退いた。

「あ、すみません…これは“昇降器”と言いまして…」
「しょーこーき…?」

オレのそんな様子を見てキーオが説明を始めた。

「階段を利用せずに上の階へ上がることが出来る魔術装置なんです」
「…つまり、魔術で動く何かってことか……?」
「はい、そういうことです」

そう言いながらキーオは優先的にオレを“昇降器”とやらに入らせて、後から自分も入り込んで来た。

そして、先ほどしていたように、今度は中の板に手をかざすと扉がすぅーっとゆっくり閉まった。

「…魔術ってのはこういう風にも使えるんだな」
「ええ、すごいですよね」

なんてキーオが他人事のように言う。

いやいや、今お前がこれを何かしてるんだろうが…! とオレが言おうとしたら体が妙に重くなるのを感じた。

「!?」

思わず隣のキーオに掴まり、体の安定を図る。

「今、この部屋ごと上の階に上がってるんですよ」

そう言いながらキーオはオレの背中に手を回す。

「え? この部屋ごと…?」
「そうです、ですから今その影響で体に少々負荷がかかってるんですよ」
「ふか…?」
「ええ、ですが、この部屋が目的の階に着いたら、その負荷も無くなりますからご安心下さい」
「…そっか…何か、まぁ…よくは分からんけど…ちゃんと理由があるなら、まぁ…安心したよ」

なんて会話を続けていたら、今度は足元がふぅーっと浮き上がる感じがしてオレはキーオを強く掴んだ。

「と、トナさん! 大丈夫です! 今のは目的の階に到着したってことですから!」

とキーオが言うと、部屋の中に何か…ポーンとかいう音が響いて今度は勝手に扉がすぅーっと開いた。

そして、キーオはオレの肩を抱きながら昇降機を出る。

「えーと…何の説明も無しに申し訳ありませんでした…」
「べ、別にいいけどよ……でも、もう、オレ、このしょーこーきとか言うヤツに入りたくないんだけど…」
「そうですね、帰りは階段を使いましょうね」
「ああ…そうしてくれ…」

オレはまだふわふわとする感覚の中、キーオに支えられながら泊まる部屋へと向かった。

「ここです、808号室」
「おぅ…」

キーオは宿泊手続きを終えてからずっと握っていたカギを扉のカギ穴に差し込み、回した。

すると、カチリと音がして解錠されたようだ。 ドアノブを回し扉を開ける。

そしてオレはその部屋の内装にまた目を眩ませる。

「はぁー…どこもピカピカ過ぎてオレには眩しい…」
「えへへ…喜んで頂けたようで嬉しいです」
「いや…喜んでるって言うか…引いてるな」
「え!? そうなんですか!」

とか大袈裟に驚きつつキーオはオレを部屋の中へと案内する。

すると、オレは広い部屋の奥…その中央部分に置かれたベッドを見て驚愕する。

「おい、ちょっと待て! 何か、ベッドが一つしか置いてないんだが…この部屋、まさか一人部屋か!?」
「え? 違いますよ、ちゃんと二人部屋です」
「は!?」
「だって、このベッドの大きさを見て下さいよ。

 とても広くて大きいですよ? それに枕もちゃんと2つ有って…」

そこでオレはようやく理解する。

「お前! この部屋、夫婦とか恋人用の部屋じゃねぇか!!」
「はい、そういうことになりますね」

オレがそう声を張り上げるとキーオはさも当然、と言ったように言葉を返して来やがった。

「バカ野郎、お前…! トアルディア協会の魔術師が夫婦用の部屋に平然と男を連れ込むんじゃねぇよ…!」
「けど、僕…トナさんと一緒の布団で眠りたかったので…」
「バカぁ! 何かそういう噂が立ったらどうすんだよ!!」
「そういう噂…?」
「トアルディア協会の魔術師は気に入った冒険者を平然とホテルに連れ込む連中だとか、そういう噂だよ!!」
「それは僕に限って言えば全然噂じゃないですね…事実です」
「!」

キーオがそう言って……オレは今までこいつに抱いていた違和感にようやく言葉を見つけることが出来た気がした。

そうだ、こいつ…“初めて”とか言いながら何か妙に色々と手慣れてて……どうしてそのことにもっと早く気付かなかったんだ! こいつは今までもこうして気に入った相手を見つけてはオレにして来たのと同じことをしてたんだ! だからつまり、オレがこいつに抱いていた何かとは…“不信感”だったんだ……!

「……なるほど、そういうことか…」
「え?」
「お前、オレを騙してたんだな…」
「え?」

何だかオレはもう力が抜けて…その場に座り込みそうになるのを堪えて目の前のキーオを睨み付ける。

「けど、オレはもう騙されないぞ! クソッ、トアルディア協会の魔術師だなんて言うから

 ちょっとはマシなヤツなのかと思ってたら…!」
「え? え? トナさん?」
「お前なんか顔がいいだけの…いや、別にだけってことはないけど…もう!

 とにかくお前なんかただのペテン師だ!」

と、オレは全然決まらない文句をキーオにぶつけた。

そして、オレにそんな文句をぶつけられたキーオは何だか…状況をよく理解していない顔をしていた。

  Ep12 【ホテル1日目01・キーオ視点】

「けど、オレはもう騙されないぞ! クソッ、トアルディア協会の魔術師だなんて言うから、

 ちょっとはマシなヤツなのかと思ってたら…!」
「え? え? トナさん?」
「お前なんか顔がいいだけの…いや、別にだけってことはないけど…もう!

 とにかくお前なんかただのペテン師だ!」

突然、トナさんがそんなことを言って来て…

僕は思考が追い付かず、思わずトナさんを見たまま固まってしまった。

(ちょっとはマシなヤツ…? 顔がいいだけの…?

 いや、そうじゃなくて僕のことを“ペテン師”と仰られたのか…?)

そう、トナさんの言葉を何とか頭に並べてみて僕は再び思考を巡らせ始める。

(まぁ、トナさんを騙していたのは事実…けれど、それは昨日のことでトナさんは

 それを寛容に受け止めて下さったはず…なら、なぜ今再びそのようなことを仰られるのだろうか…)

そこで僕は先ほどのやりとりを思い出す。

(この部屋にトナさんをご案内したまではよかった…

 けれどその後、夫婦用の部屋に男を連れ込むなとトナさんは激高されたわけで…)

僕はそう振り返って、はたと気づく。

(“トアルディア協会の魔術師は気に入った冒険者を平然とホテルに連れ込む連中だと噂が立つ”と、

 トナさんが仰られたので…僕は僕に限っては事実だと肯定した)

額からじわりと…冷や汗が流れるのを感じる。

「と、トナさん…」

僕がそうトナさんに声を掛けるとそこにトナさんの姿はなく、

「! トナさん!」

玄関扉の方に視線を向けるとトナさんのマントの裾部分がちらっと見えた。

「トナさん! 待って下さい! 誤解なんです!!」

僕がそう言いながらトナさんの後を追うとトナさんは玄関扉のカギを解錠し、そしてドアノブを掴み、今にも扉を開いてしまいそうなところだった。 だが…

「! ん!?」

ドアノブはガチッと大きな音を立てて少ししか回らなかった。

「お、お前…いつの間に別のカギなんて掛けやがったんだ!」
「いえ、その…カギでは無くて、防犯用にそのドアノブは室内に宿泊客がいる時はその宿泊客…

 つまり、宿泊している魔術師がドアノブを回さないと扉が開かないようになってるんですよ」
「な、何!? 親切なのか、不親切なのかよく分からない設計しやがって…!」
「そうですね、冒険者の方には不便ですよね…」

僕がそう言うとトナさんは僕の胸に向かって拳を少しだけ重めにぶつけて来た。

「さっさと扉を開けろ! オレはもうここから出て行くから…」
「イヤです! ちゃんと僕の話を聞いて下さい!」

僕はトナさんの拳を握り、再度室内へと連れて行こうとした。 が、

「だから! もうお前と話すのがイヤなんだって!

 お前と話すと何かオレ、いいように言い包められちまうんだから!」

トナさんが必死に玄関と部屋とを仕切る壁の角を拳とは反対の手で掴み僕の力に抗おうとしていた。

「言い包めるってなんですか! 僕、そんなことトナさんにした覚え―――…」

ないです! と言い切りたかったのにふと昨日のことを思い出してしまい言い切れなかった。

「ほら見ろ! やっぱりそうなんじゃないか!」

トナさんが僕の手を振り解こうとその手を振り回し始めた。

けれど、僕は僕でその手を振り解かれたくなくてがっちりと握った。

「クソ…オレの血がいい匂いだとか…こんなこと初めてとか言って…けど、お前!

 今までもそうやって何人もたらし込んで来たんだろ!?」
「!!」

あぁ…やっぱり……僕はトナさんのその言葉を聞いてすべてを納得した。

そう、納得したけれど…でもなぜそのように思われたのだろうか…

確かに先ほど誤解を招く言い方をしたのはそうだが…だからと言って突然そんな考えに至るものだろうか……

「ずっと変だな、おかしいなとは思ってたんだよ…」
「え?」
「だって、お前…色々と手慣れてるから…」
「え……?」

手慣れている…? 僕が…? 何に……?

「トナさん…? 一体、何を仰って……」
「だから! お前が初めてとか言いながら、

 オレに対してすっげー手慣れた感じで触って来たり、エスコートして来たりするから!

 お前は今までもそういうやり方で何人も何人もたらし込んで、その都度捨てて来たんだろ!

 って言ってんだよ!!」
「!!」

僕は思わず眩暈がして…その場にふらりとよろめいた。

まさか、自分が初めて好意を抱いた相手にそんなことを言われるだなんて…

いや、それよりもそんな相手にそんなことを言わせてしまったことに深く心を抉られた気分になった。

「ち、違います…僕は本当に何もかもあなたが初めてだったんです」

何とか体勢を立て直して僕は正面からトナさんを見つめる。

「いえ…とは言ってももう…何を言っても信じては貰えないかもしれません。

 けれど、本当に僕はあなたを特別に想い、あなたを大事にしたくて、

 僕なりの考えで今までそのように行動して来ただけなんです」
「……」

トナさんは僕から視線を反らす。

そうしないと僕の言葉をちゃんと聞いてしまいそうだから…なのかな。

けど僕はちゃんと僕の言葉を聞いて欲しかった。 だから、

「トナさん、僕の目を見て下さい」

両手でトナさんの頬に触れる。

トナさんは一瞬肩を震わせたけど…僕の目を見たらもう反らしはしなかった。

「トナさん、僕は今年で18になります」
「え?」
「けれど、その間に僕は8年を父の元で、8年を協会でのみ過ごして来ました。

 そして、16になった時にやっと色々な町や村へ任務に行くことが許されたんです。

 けれど、任務の際にこうしてホテルを利用することは度々あったのですが、町や村へ足を運ぶ…

 ということを全然したことがなかったんですよ。

 つまり、出会いを求めるだとか…そういった経験をまったくしたことがなくて…と言うのも、

 最初にお話ししましたが、僕は本当に他人と関わるのがまったく得意ではなかったからなんですけど…」

と、僕がそこまで話すとトナさんは何か…ちょっと焦ったような表情で僕を見つめ返しながら、

「ちょっと待て…と言うことはお前、今…17?」
「? はい、そうですけど…」
「う、嘘だろ……」

何だか…トナさんの頬がだんだんと冷えて来て……

「す、すまん……まさかお前がそんなに若かったなんて……」
「え?」
「オレ…何言っちゃったんだろ……本当悪かったよ……」

そう言うとトナさんは僕の両手を頬から放し、そして僕から離れて行った。

「…? トナさん? あの、どうかされたんですか?」

背を向けるトナさんに僕は問いかける。

「いや、オレは何も……」
「本当にそうですか? なんだか顔色が悪かったですよ?」
「いいんだよ、オレの心配なんかしなくて……」
「けど…」

先ほどまでの怒りが嘘のように…トナさんは突然よそよそしい態度を取り始めた。

なぜ僕の年齢を聞いたくらいでそんなに…?

「…あの、トナさん?」
「…何だよ」
「トナさんっておいくつなんですか?」
「え!?」

トナさんがギクリと肩を震わせる。

どうやら訊かれたくなかったことのようだ。

「いえ、差し支えなければお聞きしたいなと思っただけですけど…」

と、僕が言葉を付け加えるとトナさんは少し考え込んだ後、

「お、オレが…いくつだって言っても、お前…笑ったりするなよ?」

と僕の方をとても神妙な面持ちで振りかえって来た。

「それはもちろんお約束しますが…」

笑う? とは一体……

「……」

トナさんは忙しなく視線を動かし、唇も開いたり閉じたりさせている。

数十秒ほどそうした後トナさんは大きくため息を吐き、そうして…

「お、オレは今年で…22になる……」

と言って来た。

「…それじゃあ、今は21なんですね?」
「そ、そういうことになるな……」
「……」
「……」
「……」
「な、何か言うことはねぇのかよ…」
「え…」

トナさんにそう促されて僕は少しだけ考えた。

「僕が思っていたよりもずっとお若くてびっくりしました」
「え!?」

トナさんはとても驚いた様子で僕を見て来た。

けれど、今言ったことは本当にそう感じてのことだ。

「冒険者として長く活躍されているようでしたし、普段の態度もとても落ち着いていらしたので…

 僕としては20代後半くらいの年齢なのかと思ってました」
「そ…いや、さすがにそれはちょっと、オレを買い被りすぎだろ…」
「そうでしょうか?」
「そうだよ、オレなんか……」

そう言って目を伏せるトナさんの肩に…僕は手を置いてそのまま自分の方へと彼を引き寄せる。

「けど、僕嬉しいです。 4歳しか年齢が違わないなんて思ってもみませんでした」
「いや、4歳もだろ」

今日の分やっとトナさんを抱きしめることが出来た。

もちろん、今朝も抱きしめたことを忘れたわけではないがそれはそれ。

僕はそうしてやっと心が安らぐのを感じた。

「なぁ、キーオ……」
「はい、なんですか? トナさん」
「お前、本当にこういうことするの…オレが初めてだって言うならさ…」
「はい」
「なんで、こんな自然とこういう雰囲気に持って行けるんだ?」
「こういう雰囲気…?」
「だから、こうやってオレを抱きしめたり…」
「いえ、ですから…僕がそうしたいなって思った時に抱きしめてるだけですよ?」
「……お前、もしかして天然のそれか?」
「天然の…それ?」
「オレが21年生きて来て…まったく身に付けられていないものをオレより4つも下のヤツが

 自然と身に付けていやがる……やっぱり、身長とか顔とかって…本当に大事な要素なんだな」
「え、えーと…?」

トナさんが何かをお一人で納得されている。

天然のそれ? トナさんが身に付けられていないもの? それを僕が?

うーん……何だかよく分からないけれど褒めて下さっているわけではなさそうだ…

「けど、お前…オレにあんだけひどいこと言われてオレに愛想が尽きたりしねぇのか?」
「そんな! トナさんに対して愛想を尽かすだなんて!

 むしろ僕は他の人をたらし込んだことはなくとも、トナさんを騙したり、

 トナさんに不安を抱かせるような接し方をしていたのは事実なので…そう言われても仕方ないと思いました。

 それに先ほどの噂の件に関しましても、僕は今までそのようなことを行った事実はありませんが、

 けれど、今こうしてトナさんを連れ込んだわけですから…

 ああいう誤解を招くような言い方をしてしまったんです」
「うん…まぁ…そうだな、現状事実になるわけだな」

そう言ったトナさんの後頭部を左手で撫でる。

こうして…彼に触れたいと思って触れるこの行為も…トナさんには手慣れていると思われているのだろうか。

「なぁ、キーオ…」
「はい」
「オレはな、本当にな…誰かと過ごすっていうのがすっげー苦手なんだよ……」
「え…」
「お前は…オレとずっと一緒にいたいってそう言ってくれたけど…

 でも、オレはお前とずっと一緒にいるような関係になるのは……すごくイヤなんだ…」
「トナさん……」
「けど、こうして数日間を一緒に過ごすくらいならいいよ……

 だけど、それ以上は…それ以上をオレはお前と過ごしたくない」
「な―――…」

なぜですか? と訊こうとして僕はその言葉を飲み込んだ。

これは僕から訊くことではない…そんな気がしたからだ。

「…じゃあ、何日間ほど…僕と過ごして頂けるんですか?」

僕は慎重に言葉を選んでトナさんに問いかける。

「お前の方は後どれくらいここに滞在する予定なんだ?」

けれど、逆にトナさんにそう問われて…

「後…3日ほどでしょうか……」
「うん、そっか…じゃあ、オレも後3日だけここに滞在するよ」

そうして、僕がトナさんと一緒に過ごせる時間に期限が設けられてしまった。

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