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  Ep09 【次の日・トナ視点】

「ん…うーん……?」

意識がゆっくりと覚醒して来てオレは思わずうなり声を上げる。

そうか、もう朝か…オレはそう思って自分の両手を布団から出そうとしたのだが…何かに拘束されているみたいに両手の自由があまり利かなかった。

不思議に思ったオレはまず目を開くことにした。 薄目を開け視界を確保する。

そして、そんなオレの視界に何か…白っぽいものがぼんやりと広がっていた。

(…何だっけ、これ…布団じゃないよな?)

そう思いながらオレはその白っぽい何かに手を触れる。

すると、それは何だか温かくてドクンドクンと鼓動を打っていることが分かった。

「あ、」

そしてオレは思い出す…昨晩……この白っぽい何か…もとい、オレの隣で寝ているこの“キーオ”と何があったのかを…!

(あーーー…!)

オレは思わず両手で顔を覆う。

どうやらあの最中…オレは眠ってしまったようだ。

でないとこうして同じ布団で寝ていることに説明がつかない…なぜ、なぜ…! どうして別の布団で寝かせてくれなかったんだ、こいつは…! なんて思いながらオレは頭上にあるキーオの顔を見上げた。

すると、キーオはまだ眠っているようで…静かな寝息を立てている。

そういえば、こいつの寝顔って初めて見るな…いや、昨日初めて会ったんだからそれは当たり前のことなんだけど…なんて取りとめのないことを考えながら、キーオの寝顔をじっくりと観察する。

閉じられたまぶたのまつ毛の本数がとても多くて重たそうだなって思ったり、今日は昨日に比べると断然唇の血色が良くなったなってちょっと安心したり、顔にかかった前髪を見てその毛の細さとさらさら加減に驚いたり…そして、その髪をちょっとどけてやるかと手を伸ばし、キーオの顔に触れた瞬間、

「ん…」

と、キーオが声を発しそのまま目を覚ましてしまった。

「ん…トナさん…?」
「お、おはよう…キーオ…」

全然キーオを起こすつもりのなかったオレは申し訳なさからぎこちなく朝の挨拶をした。

けれど、キーオはそれが嬉しかったのかどうなのか…とてもにこやかに笑って、

「おはようございます、トナさん」

と、オレに回した両手に少しだけ力を込めてオレをぎゅっと抱きしめて来た。

なぜだろうか…なぜかオレはキーオにそんな顔をされて、そんな風に挨拶をされて、こうやって抱きしめられたことにとても…罪悪感を抱いてしまって気付けば無意識のうちにキーオの腕の中で固まってしまっていた。

「……」
「? トナさん?」

そんな腕の中のオレのぎこちなさに気付いたのか、キーオがオレの名前を不思議そうに呼ぶ。

「…お前、オレのどこが良くて…こんな、恋人同士がするようなことするんだ?」
「え?」

そうだ…どう考えたって、キーオのオレに対するこの扱いは、恋人にするそれだろう…

「だって…オレはお前と同じ男だし…それにたまたまお前の危機を救っただけの冒険者だぞ?

 それなのにお前みたいな綺麗な人間が…しかも出自も何か物凄くて、

 おまけに魔術師であるお前なんかとオレとじゃ…」
「トナさん…」

そうだよ、オレとこいつとじゃ何もかもが不釣り合い過ぎる…

なのにこいつはオレの血がいい匂いだとか…なんかそういうことでオレを特別視している。

…そうだ、だからつまりこいつはその一点だけを大事に捉え過ぎてオレをこんな風に扱っているだけなんだ。

「そもそもお前、オレの血が欲しいだけなんだろ?

 だったらこんな…オレを大事そうに扱う必要もないだろ…」
「トナさん…」

オレがあえて突き放すような言い方をしたらキーオはどこか切なそうな声でオレの名前を口にした。

けど、ここらでいい加減目を覚まして貰わないとな…じゃないとオレが困る…

「トナさん、僕のことそういう風に思ってたんですね…」
「え」
「僕がそんな…トナさんの血だけが目当ての浅ましいヤツだと…そう思われていたんですね…」
「え!? いや! そうじゃなくて…!」

オレはオレの言葉が思っていたのとは違う受け取り方をされて内心とても焦った。

が、そんなオレのことはお構いなしにキーオが言葉を続ける。

「けど、確かに僕はトナさんからそう思われても仕方のないことをたくさんしましたよね…

 ちゃんと自覚はあります」
「え…?」
「それに僕はあなたに一番大切なことを言い忘れたままです」
「?」

そう言ってキーオは一呼吸を置いた。 そして、

「トナさん、僕はあなたのことが好きです」
「!」
「綺麗で、出自が物凄くて、おまけに魔術師である僕は同じ男であり、

 たまたま僕の危機を救って下さった冒険者のあなたのことが好きなんです」
「! お、お前…その言い方は…卑怯だろ…!」
「だって、こうでも言わないとトナさんがまたはぐらかしそうで…」
「は、はぐらかすなんて…そんなことは…」

あぁ、顔が熱い…何でオレは昨日会ったばかりのヤツにこんなこと言わせてんだ…! 違う、違う!

そんなことを言わせたくてオレはあんなこと言ったんじゃない!!

「けど、トナさんは僕のことそういった意味では興味がないんですよね?」
「え…?」

キーオが突然そんなことを言ったので、オレの頭の中は突然冷静になった。

「僕、本当は分かってたんです…昨日のトナさんのあの言葉はすべて、

 僕が罪悪感を抱かなくてもいいように言ってくれたんだって」

昨日のあの言葉……?

「だから、僕はトナさんに…無理にそういった言葉を強要するつもりはありません」

そう言いながらキーオはその両手からオレを解放した。

そして、そのまま起き上がると両手を天井に向けて伸ばし大きく伸びをした。

オレもキーオに続いてベッドから起き上がるが…何か釈然としなかった。

(確かにオレは…キーオが言うようにこいつのことを好きなわけじゃないんだ。

 でもこいつに体を触られることに拒絶反応がないのは確かで…

 けど、恋人みたいに扱われたり、あんなことを言われると罪悪感がすごくて……

 だってオレにはそんな資格ないし、そもそもなんでこいつは……)
 
そう考えれば考えるほどオレの頭の中は再び混乱して行った。

すると、キーオがその混乱に乗じてちゃっかりオレの右手を取り、自分の口元へ運ぶ。

「!?」
「けど、僕…トナさんを離すつもりもありません」
「え?」

キーオはどこか怪しげに笑いながらそんなことを言う…

「僕、これからはトナさんと一緒に旅がしたいんです」
「え…?」
「だからトナさん、僕とパーティーを組んでくれませんか?」
「……!」

とてもにこやかに微笑みながら目の前のこいつはさらにそんなことを言う…ああ、こいつはやっぱり顔がいい…

  Ep10 【次の日・キーオ視点】

「いやいや…さすがにオレが魔術師協会に在籍するって言うのは、そりゃおかしいだろう…」

昨日2人で駆けた森を今日は2人で歩いていると…僕の隣を歩くトナさんがそんなことを言う。

「けどそうして下さらないと僕、トナさんとパーティーを組めませんから…」
「だから、そもそもオレとお前とじゃ住む世界が違うんだから

 そのパーティーを組むって言う発想自体が間違ってるんだって!」
「…違わないですよ…だって今もこうして並んで歩いてるじゃないですか…」
「だから、そういう意味じゃなくて…!」

トナさんの仰りたいことは分かる、分かるけど…でもとても納得の出来ない言い分だった。

「って言うかそもそも、オレは“トアルディア協会”に

 冒険者が少なからず在籍してるって言うこと自体、初耳だったんだけどな…」
「機密事項ですからね」
「はぁ!?」

僕がそんなことを言うとトナさんは歩みを止めた。

「お前、ちょっと待てよ! なんでそんな協会の機密事項をオレに漏らしやがった!」
「だから、トナさんとパーティーが組みたくて…」
「もうーーー! お前、本当…!!」

トナさんが僕を指差しながらわなわなと体を震わせている。

うーん…トアルディア協会に在籍出来るのって別にそんなに魅力的な話じゃなかったのかな…

なんて考えながら僕は何となく空を仰ぐ。

ああ…今日はいい天気だな。 昨日の大雨が嘘みたいだ…

こんないい日にこうしてトナさんと肩を並べて歩けるなんて…僕はとても喜ばしいと感じた。

これは昨日までの…トナさんに出会うまでの僕には無かった感覚だ。

こうして晴れた空の下を誰かと一緒に歩くことが…こんなに特別なことだと感じるなんて…

僕は確実にトナさんからそういう変化をもたらされたのだ。

だからそんなトナさんのことを特別に想うのも、大切にしたいと思うのも、パーティーを組みたいと思うのもとても自然なことなのに…だけど、トナさんはそんな僕の想いとか行動などがどうしても受け入れ切れないようだ。

どうしてかな…トナさんは僕のこと別に嫌っている風でもないしむしろ好意的に思ってくれてると思うんだけどな。

本当はトナさんに色々と訊いてみたいところだけど…今このタイミングだときっと良くないだろう。

とりあえず僕は僕の任務をちゃんと終わらせなきゃ…

「トナさん、とりあえず先に進みましょうよ」
「! …お、おぅ……」

僕がそう声を掛けると、ちょっとだけ後ろの方で歩みを止めていたトナさんが小走りでこちらに向かって来た。

僕は思わずそのまま両手でトナさんを抱き留めたくなったが…ここは危険な森の中なわけでそんなことをしている場合ではないと己を律した。


そして昨日、浄化作業の途中で離脱を余儀なくされた“魔女の家”に僕たちは到着した。

「へぇー…本当にこんな森の中に魔女の家があるんだな」

それを見てトナさんがそんなことをポツリと呟いた。

「トナさんは魔女の家って初めて見るんですか?」
「うーん…多分そうだと思うけどな」
「多分?」
「もし、森の中に建ってる家が全部魔女の家だって言うなら、いくつか見掛けたことはあるかなぁと」
「ああ、なるほど」
「でも、これが魔女の家なんだって、ちゃんと認識して見たのはこれが初めてだよ」
「…ふふ、そうなんですか」
「なんで嬉しそうなんだよ…」
「いえ、そんな…」

なんて他愛ない会話をしながら魔女の家の玄関前まで到着する。

「これは…随分派手に壊したな…」

トナさんが地面に蹴散らされた玄関扉を観察しながらそんなことを言った。

「しかしあんな大きな魔物、よくこの家の中に侵入出来たよな」
「おそらく、元はあんなに大きな熊ではなかったと思うんですよね」
「なんでそう思うんだ?」

トナさんにそう問いかけられて僕は家の周辺をぐるりと回ってみる。

そして、おそらくは台所部分と思われる箇所に差し掛かったところで僕はそれを発見する。

「ここの窓を見て下さい」
「? お、窓が壊されてる」
「おそらく、ここから室内へと侵入して中に残されていた食料を漁っていたのではないかと

 僕は考えているんです」
「はぁー…なるほどねぇ…」

本当は昨日の時点でここの窓が壊されていることに僕は気付いていた。

けれど、まさかあんな静かな家の中に魔物がいるだなんて…ううん、ただ僕が安全確認を怠った、それだけの話だ。

でも、僕があの魔物に気付いてきちんと対処出来ていたのなら…今こうしてトナさんとは一緒にいなかったのかもしれない。

そう思うと…昨日のあの恐ろしい体験が僕にとっては大事なことだったんだなって思えてしまって…いや、それは危ない考えだ…今後はちゃんといついかなる場合においても安全確認を怠らないようにしないと…

「それじゃあ、えーと…僕は中に入って浄化作業を行って来ますね」
「ああ、気を付けて来いよ」
「はい、気を付けて行って来ます」

嬉しい…“気を付けて来いよ”だって…僕の身を案じて下さってるんだな。

僕はトナさんの言葉を噛み締めながら浄化作業の準備を始めた。

まずは玄関から室内へ索敵用の魔道具を放り投げる。

床に転がった“それ”から淡い青白い光が放たれ、家の中すべてを光が照らして行く。

(生体反応は無いな…)

僕はそう確認し、今度は魔術印を刻むためにそれ専用の杖を取り出す。

そして家の中に入り、この家の中心…つまり玄関から続く2階への階段前に魔術印を刻み、杖の先に魔力を集中させ、ゆっくりと魔術印にその魔力を流し込んで行く。

この魔術印に流れて行く魔力が…もっとこの家全体に行き渡るようにイメージし、そして僕は浄化の術を発動した。

家の中を漂っていた黒く、濃かった淀んだ魔力…つまりは“瘴気”が魔術印をきっかけとし、そこからゆっくりと淡く青白い光に変化し続けて行く。

そして、不鮮明だった視界もだんだんと鮮明になって来て…普段の僕だったらこの作業中にちょっと眩暈を起こしたりするのだけど、今日は全然そんな気配が無い。

むしろ、体の中からいくらでも魔力が溢れ出して来るような気がして…どこまでもどこまでも…このまま浄化の術を放ち続けられそうな気さえして来る。

(ああ…これが、トナさんの血の…)

なんて僕が考えていたら、

「わっ!」

と言うトナさんの声がして、僕は術を止め、トナさんの方へと振り向いた。

「あ! すまん…お前の作業を邪魔するつもりはなかったんだけど…さすがに驚いちまって…」

そんな僕の様子に気付いたトナさんは僕にそう謝罪をして来た。

「いえ、トナさんがご無事なら僕のことは構わないのですが…」

トナさんは何に驚いたのだろう…僕は一応、家の中がきちんと浄化されているかを確認し、外へと出てみた。

すると…

「すごいな、これ…お前の魔術の影響なんだろ?」

トナさんが横からそう言って下さったけれど…僕もこんな光景は初めて見た…

だって季節が違うのにこんな…こんなに満開のコルルカの花……

「いえ、僕がすごいんじゃないですよ…」
「え?」
「トナさん、あなたがすごいんです」
「え…? いやいや、別にオレ、お前の浄化作業の手伝いなんか全然してなかったじゃねぇか…」
「それでも、ですよ」

いつだったか…先生にこんなお話を聞いたことがあった。

瘴気により場を汚されてしまった森の草木が時折、浄化作業中に花を咲かせることがあるのだと…それはつまり瘴気に取り込まれ何年、何十年と不活性化していた草木の内部から瘴気が完全に取り除かれ、代わりに生命力の根源でもある魔力をその身に蓄え、何年、何十年という空虚な時を取り戻すように一気に花を咲かせる…という仕組みなのだそうだが、僕は今まで一度だって森の草木にそういった影響を与えられたことがなかった。

けど、今…こうしてそれを成し遂げることが出来た…

(ああ…やっぱり僕にはこの人が必要なんだ…)

そう思ったら自分でも気付かないうちに自然とトナさんの手を握っていた。

けれど、トナさんはその手を振り解こうとはしなかったし、むしろ握り返してくれて…

僕たちはそうしてしばらく魔女の家に植えられた満開のコルルカの淡い薄紅色の花を眺めていた。

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