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  Ep05 【プロローグ・キーオ視点】

「キーオ君は運命ってあると思いますか?」

突然、先生がそんなことを問いかけて来たので僕は思わず面食らった。

「運命…ですか?」
「はい、そうです」
「僕は…」

何と返答すれば正解なのか…僕はそんなことを考えてしまって答えに窮してしまった。

するとそんな様子の僕を見かねたのか、先生がこんなことを仰った。

「キーオ君、私は君の運命も知ってるんですよ」
「え?」
「だから私は意地悪な質問をしただけなんです。

 ですから、そんなに考え込まないで下さい」
「は、はぁ…」

僕の運命…? 僕の運命とはなんだろう…

「あの…その、僕の運命とは一体何なのでしょうか?」
「ふふ…残念ながらそれを教えることは出来ません」
「え…」
「じゃあ、なぜそんなことを言ったのかとそう言いたそうな顔ですね、キーオ君」
「それは…」
「私はね、キーオ君。 こんなんでも一応“導師”なんですよ…

 だから、君の運命を君に教えるには君から何か代償を貰わねばいけないんです」
「はい、それは…知ってますけど…」
「それで、キーオ君は何か代償を支払ってまで自分の運命について知りたいと思いますか?」
「そ、それは…」

そもそも先生に自分を導いて貰いたいと思ったことすらなかったのでいきなりそんなことを言われても僕は戸惑うことしか出来なかった。

「まぁまぁ、キーオ君。 突然こんなことを言って戸惑わせてしまいましたね」

先生がまたそんな様子の僕を見かねて、声を掛けて下さる。

「別に君が知ったからと言って特別意味のあることでもないですから、どうぞ今の話は忘れて下さい」
「は、はぁ…」
「それでは、君は君の仕事に戻っていいですよ」
「分かりました、失礼致します…」

そう言って僕は先生に一礼をした後、先生の執務室を後にした。

そして僕は自分の持ち場へと戻るため廊下を歩きながら、先ほどの先生のお話を思い出していた。

(僕が知ったからと言って特別意味のあることでもない…か)

先生はそう仰っていたが、先生がご自分の力を使われること自体が珍しいことではないか?

その上、今まで僕の運命についてのお話をされたことなどただの一度もなかった。

それなのに突然あのような話をされるだなんて…よほどの意味があったのではないだろうか…?

けれど先生は一度取り下げたお話を再び持ち出されることのない方だ。

それゆえに僕はあの時、何を代償にしても自分の運命を聞くべきではなかったのだろうかと…悔やむことしか出来なかった。

  Ep06 【はじまり・キーオ視点】

そしてそんな出来事があった数日後、僕はまた先生に呼ばれた。

「南西の町の、さらにその南西の森に古い魔女の家があるんですよ」
「はい」
「それでキーオ君にはそこの浄化作業に当たって欲しいんです」
「はい、分かりました」
「まぁ、それほど大きな家屋ではないので町に滞在する必要もないでしょう」
「ということは、作業を終えたらそのまま協会に戻って来ていいんですね?」
「はい、そういうことになります」
「分かりました、では今日中に出発します」
「あ、キーオ君、キーオ君」
「はい?」
「あなた、今度の渇望期はいつでしたっけ?」
「えーと…一月ほど先ですね」
「なるほど、そうですか。 では、今飲んで行く必要はありませんね」
「はい、そうですね」
「……」
「先生? 僕の顔に何か付いてますか…?」
「ああ、いえ、ジロジロ見てしまってすみません」
「いえ、そんなことは…えーと、それでは失礼致します」
「はい、ではまた」

そう先生が仰られたので僕は先生に一礼をし、それから執務室のドアに向かって歩き出した。

すると先生が、

「キーオ君、あなたの運命はすぐそこですよ」

と仰った気がして僕は振り返った。

けれど先生はすでに書き物をされていて何か言葉を発せられたようには見えなかった。

きっと先生のあの時の言葉を僕が気にし過ぎてしまっているだけなんだと、僕は再びドアに向かって歩き出す。

そして南西の町に着いてから僕は早速、そこからさらに南西の森の魔女の家へと向かった。

先生が仰っていた通り、その家は古く、そこらかしこを淀んだ魔力が覆い、酷い瘴気溜まりと化していた。

これでは家の中に入ることが出来ないと思った僕はまず外側からの浄化作業に当たった。

地面に魔術印を刻み、そこに自分の魔力を流し込むことで浄化の術が発動する…

その作業を家の周囲すべてに行い、これでやっと家に入れると思ったのだが…僕は油断してしまった。

家の中に何者かがいるかもしれない、ということを失念していたのだ。

家の裏手から玄関に向かっている時だった。

玄関のドアが勢いよく弾き飛ばされ、中から大型の魔物が飛び出して来たのだ。

姿形、動きのくせを見るにどうやら大型の熊が魔物化したもののようだが、長い時間を淀んだ魔力の中で過ごしたことによりさらに大型化し、凶暴化してしまったのだろう…

すっかり興奮状態のその魔物は僕を見るなり、一目散にこちらに走り寄って来た。

僕はとっさに元来た道を辿り、その魔物から距離を取る。

そして物影に隠れ、何発か術を発動させてその魔物をけん制する…が、

魔物は少し怯んだ程度で直接的なダメージを与えることは出来ず、なおもこちらへと向かって来る。

(おかしい…なぜ、こんなに術が効き難いんだ…もしかして瘴気溜まりの近くにいるから……?)

そう思った僕は魔物をこの瘴気溜まりから引き離すべく、魔女の家から遠ざかるように走り出す。

すると魔物は従順過ぎるほどに僕の後を追って来た。

(いつだったか…師匠の後を追うカゲリの精が可愛くて、羨ましいと思ったことがあったな…)

なんてことを脈絡なく思い出してしまい、僕はハッとする。

(もしかして、先生の仰られていた僕の運命とは“死”……?)

僕は先生の言葉の“君が知ったからと言って、特別意味のあることでもない”という部分が実はずっと引っ掛かっていた。

知っても特別意味がない…つまり、知っていても変化はもたらされないということ…不変的な運命……

そして、“不変”とは変えられないということであり、それはいつか必ず訪れる“死”のことではないのか?

“キーオ君、あなたの運命はすぐそこですよ”

また先生の声が聞こえた気がして……僕は急激に体が冷えていくのを感じた。

今、小さい頃のことを思い出したのはまさか走馬灯だろうか?

ならば本当に僕はここで死んでしまう運命なのか?

僕は僕が生きてることに特別な意味を求めたことなど一度もなかった。

むしろ、僕は僕が生きていることで誰かの尊厳を…例えば、母の尊厳を傷付けているのではないかとずっと思っていた。

けれど、だからと言ってこんなところで死にたくはない……!

僕は深くなった森の中、草陰に身を潜めながら術の詠唱を始める。

銀色の細身のナイフ…これが僕の杖だ。

このナイフに魔力を集中し大きな術を発動させ、あの魔物に当てる…さすがにこの術をくらえば、あの魔物とて多少のダメージを受けるだろう。

そして、魔物の方はどうやら魔物化したことで動物的な嗅覚を失っているらしく、僕が身を潜めた草陰を特定出来ずにいた。

もうしばらくそのまま…そのまま僕を探していてくれ…

術の詠唱が終わり、魔物の頭に狙いを定める…魔物がこちらを見た瞬間に術を発動させる…

いつもは気にならない自分の鼓動が…妙に気になって仕方ない。

ナイフを握る手にもだんだんと汗がにじみ、不快でしょうがない。

けれど、これは僕が生き残るために越えねばならない窮地なんだ…!

自分の呼吸音が…だんだんと荒くなっ―――

魔物がこちらを見た! 僕は素早く術を発動させる言葉を呟き、魔物の額目掛けて術を発動させた。

ナイフの切っ先から発動した青白い光はまっすぐに魔物へ向かって進み、そして―――

魔物の右目に命中した。

「!」

魔物はしばらくよろめいた後右目を抑えるような仕草をし、それから上体を大きく反らし、空に響かせるよう咆哮した。

これは…相手をより怒らせただけなのではないだろうか…

僕は魔物に居場所が知られてしまったので素早く別の草陰へ移動しようと立ち上がった。

が、ここで自身の体調の変化に気付く。

(喉が…なんで、こんな時に…!)

僕は自分の喉元を抑えながら、再びその場へ力なく座り込んでしまった…

「…っ」

この異様な喉の渇き…つまり、これは先生の仰るところの“渇望期”が訪れてしまった証拠…

(なぜ? なんで…まだ一月も先のはずなのに…! なぜ、今…!)

僕は何とかもう一度、術を発動させようと詠唱を試みた。

けれど何をどう唱えても、ナイフに魔力を込めることが出来ず、僕はさらに焦ってしまう。

僕は今までどうやって術を発動させていただろうか…いや、そんなことよりも僕はどうやって呼吸を…

呼吸も上手く出来なくなって…僕は浅い呼吸を何度も繰り返した。

その度、鼓動も早くなって全身から汗が吹き出して行く。

もう、喉の渇きがとか…そんな…

そして冷静さをどんどん失って行く僕とは裏腹に、魔物は再び体勢を整えたようでこちらをじっと凝視していた…その光景がさらに不気味で…僕はもう抵抗の意思すら失くしてしまい、ナイフさえ握ることが出来なくなっていた。

(あぁ…これが死ぬってことなのかな…)

僕は魔物から視線を外すと空を仰いだ。

生憎の曇り空…けれど僕の最期には相応しい空模様かもしれない。

そうして僕は静かに目を閉じ、魔物に嬲られる覚悟を決めた…

が、素早く草木を揺らす音と共に一陣の風が吹き抜け、わずかに届いたそれが僕の鼻腔をくすぐった。

魔物の咆哮と共に僕は再び目を開け、そして魔物に挑む人影を見る。

その人影はとても素早い動きで的確に魔物の急所を狙い、攻撃を繰り出していた。

そうして崩れ落ちる魔物の体…そこへ剣が突き立てられ魔物は三度咆哮したがもう動くことは叶わず、口から大量の黒い血を吐き出し、そのまま絶命したようだ…

(なんて、鮮やかな…)

僕は喉の渇きも忘れてしまうほど…その戦いぶりに見惚れていた。

けれどその人影が魔物の心臓に突き立てた剣を引き抜き鞘に納めたところで、僕は急に自分が情けなくなって視線を地面に落とした。

誰かの歩みがだんだんと近くなる…

そして先ほど鼻腔をくすぐった匂いの正体も、その誰かであったのだと僕は気付く。

「おい、あんた大丈夫か?」

僕が想像していたよりもずっと若い声がすぐ側から聞こえた。

「……」

僕は自分の情けない今の状態をこの人に何と説明したらいいのか分からなくて答えられなかった。

「もしかしてあの魔物の攻撃をくらったのか? なら、傷薬くらいは持ってるが…」

その人はそう言うとおそらく自分の荷物を漁り始めたのだろう…そんな音が聞こえて来て、僕は思わず、

「いえ、すみません…ケガはしておりませんので大丈夫です…」

とその人の方を見て答えてしまった。

(あ…)

その人…僕の命の恩人は僕が想像していたよりもずっとあどけない顔をした少年だった…いや、人を見た目で判断してはいけない、だってこの人はあんなにも鮮やかに戦っていた。きっと、そうやっていくつもの町や村を魔物の脅威から救って来た歴戦の勇士なのだろう…

けれど本当に失礼な話なのだが…僕の目の前にいるこの人が本当に先ほどのあの人影と同じ人物のかと僕は疑ってしまった。丸い顔の輪郭にキッとつり上がった少し太めの眉毛と、小さくて低めの鼻…そして何より印象的だったのが大きな青色の瞳…この瞳が少年っぽさをより引き立たせているのではないだろうか…でもじっと見つめていたくなるような…不思議な魅力があって……

「―――じゃあ…魔力切れか何か起こしたのか?」

その人のその言葉に僕はハッと我に返った。

「そう、ですね…多分そんなものです」
「? 多分?」
「すみません…危ないところを助けて頂いたのに詳しいことをお話することが出来ないんです…」
「え…」

助けてくれた恩人に向かってそんな言い方しか出来ない自分が腹立たしい。けれど、僕の母は吸血の悪魔なんです、そんな母の性質を受け継いで僕は時折血が飲みたくなるんです…なんて初対面の人に話せるわけがない。

「…なぁ、あんた…あんたは“トアルディア協会の魔術師”なんだよな?」
「はい、そうです」
「だったらそのあんたの仲間とか…そういうのは近くにいねぇのか?」
「今回の任務は単独でのものだったので同行者はいませんね」
「そう、なのか…」

おそらくこの人は僕が身に付けている紺色の装備品を見て、僕が“トアルディア協会の魔術師”だと見当をつけたのだろう。やはりこの人は生半可な冒険者ではないな…僕がそんなことを考えていると、

「あ…」
「?」

その人は僕の顔を少し見た後に自分の荷物を漁り始めた。そしてそこから白い手ぬぐいを1枚取り出すと、

「!」

僕の顔をそれで拭い始めた。

(え! え!?)

僕は突然他人に顔を触られたことにとても驚き、一瞬反射的に退こうとしたのだが…顔に触れる手ぬぐいの柔らかさと心地よい力加減と、そしてその人から香るいい匂いのせいでもうこのまま…この人に身を任せてしまいたいという気持ちが勝ってしまい、ただ大人しく顔を拭ってもらうことを決めた。

「トアルディア協会ってところは、結構厳しいところなんだな…」

その人が僕の顔を拭いながら、ぽつりとそう呟いた。

「? なぜ、そう思われるのですか?」
「いや…オレみたいな一介の冒険者が何をって思われるかもしれねぇけど、

 例えば今のあんたみたいに体調不良に陥った時なんかを想定してさ、

 それをカバーしてくれる仲間を同行させてくれないのって、結構厳しいんじゃねぇの?」

…実はさっき僕もそのことについては少々後悔していた…けど、

「いえ、そんなことはありませんよ…

 今回はただ僕が自分の体調管理をしっかり行えなかっただけのことですから」

僕のワガママでそういう形を取って貰っている以上、単独での任務については何か言えた立場ではない。

「けどよ、オレみたいな有象無象の冒険者とは違ってあんたは世界のために働く貴重な魔術師じゃねぇか、

 それも“トアルディア協会”の腕利きの魔術師ならもっと大事にされるべきなんじゃねぇのかな?」
「……」

この人は自分も世界のために働いていると言うのにこんな情けない僕に気を遣ってこんなことを言って下さっているのだろうか…

それともこれはこの人の本心? 冒険者は魔術師よりも劣った存在だと思っているのだろうか?

ううん、そんなことは決してない。

だって、今この場でなら確実にこの人の方が僕より優れた存在だろう。

それにきっとこの人も…

「あなたはとてもお優しい方ですね…そんなことを初対面で言って下さる方、僕は初めてお会いしました」
「え」
「けれどそれはあなただって一緒ですよ。あなたは有象無象の冒険者なんかじゃありません。

 先ほどのあの魔物との戦いぶり…今までもさぞたくさんの魔物と戦い、そして討伐し、

 様々な町や村に貢献されて来たのでしょう?」
「い、いや…そこまでのことはねぇけど…」

僕がそう言うとその人はちょっと照れ臭そうに頬を掻いた。

きっと僕が今言ったようなこと言われ慣れてないんだろうな…だからこそ僕は自分の考えに確信を持つ。

「けど、そんなあなたにも一緒に戦う仲間はいないんですよね?」
「!」
「あなたはおそらく他人と関わるのがあまり得意な方ではないんですよね?」
「……」

僕が畳みかけるようにそう言うと、その人はだんだんと表情を曇らせて行った。

本当は僕だってこんなこと言いたくはないけど…

「実は僕もそうなんですよ…だから単独で行える任務を優先的に頂いているんです」
「…そっか」

僕は僕の希望で単独の任務を行っている、ということをこの人には知っておいて欲しかった。

「だから協会が厳しいなんてことはないんです」
「そっか…よく知りもせず、オレ酷いこと言ったな…悪かったよ」

本当に申し訳なさそうにその人が謝る。

「はい…けど、僕のことを思って言ってくれたことなんですよね? だから、悪い気はしてませんよ」
「そうか…ならよかった」

僕がそう言うと、その人はちょっとだけ微笑んでそう言った。

「ほら、これ貸してやるから、他のとこは自分で拭けよ」
「あ、すみません、ありがとうございます」

そして先ほどまで僕の顔を拭うのに使っていた手ぬぐいを僕に手渡して来た。そうか…もう拭いてくれないのか…僕はそのことにちょっとだけガッカリしてしまったけど、そういえば首回りが気持ち悪かったということを思い出し、汗でべったり張り付いた髪を持ち上げ、首回りを拭き始める。するとその人も再び荷物を漁り始める。

「一応、これやっとくよ、もしかしたら、単純に体力が尽きてるだけかもしれねぇからな」

そしてその人は包み紙に包まれた飴玉を差し出して来た。

「え、あ、ありがとうございます…」

他人から食べ物を貰うだなんて…僕は初めての経験だった。

子供の頃、父からは他人から食べ物を貰ってはいけないよと…そう教えられていたのだが、実際にそんな機会に遭遇したことはなかったし、僕はもう子供ではないのでその人から飴玉を受け取った。

いや、飴玉をくれたのがこの人ではなかったら…僕は受け取らなかったかもしれない。

貰った飴玉はほんのり温もっていて…少しだけ溶けかかっているようだった。

けれど、不思議と不快感は無く、僕は包み紙を丁寧に剥がして黄金色のその飴玉を口に含んだ。

これは…どこかで味わったことのある風味だなと思い、口の中で何度か転がしてみる。

(ああ…これは“ノノルカ”の花弁のジャムと同じ味だ…)

僕が飴玉を味わっているとその人がぽかんと口を開けて僕の方を見ていることに気付いた。

僕…何かおかしなことをしているだろうか?

それとも飴玉に夢中になり過ぎてこの人の話を聞いていなかったとか…?

「え、あ…すみません、何か仰いましたか?」

僕はなるべく飴玉を右頬に押しやって何とかそう、その人に問いかける。

「いや、何でもない…気にしないでくれ」

けれどその人は右手をひらひらとさせながらどこかあきれたように笑い、そう言った。


口の中の飴玉がもうほんの欠片になった頃、僕は喉の渇きが潤っていることに気付いた。

(おかしい…血を飲んだわけでもないのに…)

それに伴い体調の方ももうすっかり良くなっていた。

(もしかして、本当は僕…血なんか飲まなくても、喉の渇きが潤せたんじゃないのかな…)

などと考えていると生温い風が一陣、その人の後方から吹き、僕を通り抜けて行く。

僕は思わずその風を思い切り吸い込む…体のすべてに血が通っているように僕は頭のてっぺんや手足の先まで魔力がずっと行き渡るのを感じた。

(あぁ…この感覚はきっと、この人がもたらしてくれたものなんだ…)

体の奥に残るじわりとした熱…そこから絶え間なく魔力が湧き出して来る…

ああ…あぁ…こんなことは初めてだった、本当に何もかも初めてだった。

初対面の僕にこんなに優しくしてくれて…こんなに強い人は初めてだった。

こんなに情けない僕にこれほど良くしてくれて…僕に力をくれた人は初めてだった。

こんなにいい匂いがして…ずっと触れていたいと思う人は初めてだった。

こんなにいい匂いがして…その体にすがりつきたいと思う人は…本当に初めてだった。

こんなにいい匂いがして…この人の血は…どんな味がするんだろう……

「おい、あんたもう歩けそうか?」

突然、そう声を掛けられて僕はまたハッと我に返る。

「そうですね、頂いた飴のお陰でそれくらいは」
「そうか…じゃあ、急いで町まで戻るぞ」

その人はその場にスッと立ち上がり、そして僕に向かって手を差し出してくれた。 けれど…

「町…ですか」

僕はそう戸惑いながらもその人の手を取らずにはいられなかった。

「? あんたもあの町に宿を取ってるんだろ?」
「いえ、それが…」
「ん?」
「今回の任務が…単独で出来る本当に簡単なものだったので、宿泊施設の利用を考えていなかったんですよ…」
「え?」

その人があきれたような声を出す。けれど僕だって他人事だったら、きっとこの人のような反応をしていただろう…でも僕にとっては好都合だったかもしれない。

「つまり、町に戻ったところで今から宿泊出来る施設があるかは、甚だ疑問なんですよね…」
「……」

本当は僕はもう自分の力だけで十分町には戻れたし宿泊施設を探すことも出来ただろう…

けれど、こう言うことでこの人がもっと僕の面倒を見てくれないかと期待したのだ。

「…まぁ、宿のことは追々考えるとして…とりあえず、町には戻ろうぜ?

 こんなところでいつまでも雨に打たれてたら、あんたの体調不良も悪化するだろ」
「はい、そうですね」

僕は取った手を少し強く握り、ゆっくりと立ち上がる。 そして立ち上がって気付いた。

「……」
「……」

何と僕とその人との身長差は実に頭一個分も違っていたことを…

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