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  Ep03 【宿にて・トナ視点】

「僕の不手際により、あなたには本当に様々なご迷惑をお掛けし誠に申し訳ございません…」

宿の個室に入るなり、そいつは本当に申し訳なさそうな顔をしながら深々と頭を下げて来た。

「だから別にいいって…ほら、これで体拭け」

そう言ってオレは大きめのタオルをそいつに投げ渡した。

「けどここのご主人が寛大な人で本当に助かったよ…

 じゃなきゃ、オレがこの大雨の中を野宿する羽目になるとこだったぜ」
「いえ! その場合はちゃんと僕が野宿しましたよ?」
「アホか! 体調不良の人間にそんなことさせられるわけないだろ!」
「ですが…」

そいつはオレが投げ渡したタオルを両手で握りしめ、一層萎縮してしまった。

オレより頭一個分以上も身長が大きいくせになぜだか小さな子供を相手しているような気分になる…

「あーもう、この話は終わり!」
「! わっ!」

オレは自分の体を拭いたタオルでそいつの頭を拭き始める。

けれど頭一個分以上も身長が違うわけだから、どこかぎこちない手つきのオレに気が付いたのだろう…

そいつはオレが拭き易いようにと頭をこちらへと下げて来た。

「そういや、まだ名乗ってなかったよな」
「あ、そういえばそうですね…」
「オレは“トアーナ・アルフィリオ”って言うんだよ」
「アルフィリオさん…」
「“トナ”でいいよ、その方が呼びやすいだろ」
「と、トナさん…でいいんですか?」
「おぅ」
「それじゃあ、えーと…僕は“キーオ”って言います」
「キーオか、分かったよ」
「はい」

ファミリーネームを名乗らないってことはもしかして孤児だったりするのかな…

もしくはトアルディア協会の魔術師にはそういう“しきたり”があるのかもしれない。

オレはそう考えてそのことについては言及しなかった。

「まぁ、今日はオレとの相部屋で勘弁してくれよな、キーオ」
「いえ、こちらこそ…明日にはちゃんと別の宿を取りますからそれまでご厄介になります、トナさん」
「おぅ」

礼儀正しいし、今日の宿代もちゃんと出すって言ってたし、何よりこいつはトアルディア協会の魔術師なんだから…とりあえずはいいヤツなんだろう。

それからオレはキーオに先に寝支度を済ますようにと指示を出し、自分は荷物の整理を始めた。

とりあえず今日獲得した魔物の一部は明日の朝一番にルースアンに持って行かないとな…

なんて考えながら、ふと町の中央通りに面した窓から外を覗く。

あれから降り出した雨は雨脚を強め、轟々と音を響かせながら、町の水路を満たし続けている。

(これはもしかしたら…明日も降り続けるかもなぁ…)

なんて思っていると部屋に併設された洗面所からキーオが出て来た。

髪をゆるくまとめ、白い寝間着に身を包んでおり、寝る準備は万端のようだ。

「すみません、洗面所を先にお借りしてしまって…」
「だから気にするなって」
「はい、ありがとうございます」

オレが借りたこの個室は本来1人用のため、本当なら2人も泊まれるはずがなかったのだが、体調不良の人間を看病するためどうにか2人で泊まれないだろうか…?

というお願いをこの宿のご主人にしたところ、それなら特別に許可致しますと快く承諾してくれたのだ。

けどさすがにベッドをもう1つ用意することは不可能だったため、常設されているベッドをキーオに使わせてオレは適当に床で寝ることになった。

その時もキーオはひたすらに申し訳なさそうな顔をしながら、オレに謝罪の言葉を繰り返していた。

(まぁ、この雨がしのげるだけでオレは十分だからな…)

そう思いながら、オレは何気なく着衣を脱ぎ始める。

「あ…」

キーオが短く声を上げた。

オレは何かと思ってキーオの方を見る。

キーオはまるで不可解なものを見るような目でオレを見ていた。

「? なんだよ、どうしたんだよ?」
「いえ…その、トナさん…その傷痕は…?」
「え?」

そう言うとキーオはオレの脇腹辺りを指差したのでオレもそこへと視線を落とす。

「ああ、これは……まだオレが駆け出しの冒険者だった頃にちょっと無茶してつくった傷だな」
「無茶?」
「うん…まぁ、右も左も分からない頃だったからな、ちょっと魔物の巣窟に入っちまって、それでな」
「魔術師の方に傷を治療してもらったりしなかったんですか?」
「はは、そんなこと頼める魔術師の知り合いなんかオレにいるわけねぇだろ?」
「……」
「それにこんくらいの傷、傷薬塗っとけばしっかり塞がるからよ…って、何でお前がそんな顔すんだよ」
「いえ…本当にそうですよね」
「ちなみに他にも傷痕はいっぱいあるぞ、ここも、ここも、ここも…ほら、後ここも」
「と、トナさん!」
「はは、わりぃわりぃ」

キーオをからかった後オレも洗面所で寝支度を始めた。

が、つい一昨日つくった傷のことを思い出し肌着を脱いだ際にそこを確認する。

右肩の腕の付け根辺り、傷薬がよく馴染むようにとその上から湿布を貼って昨日は放置していたのだ。

傷をなるべく刺激しないようにゆっくりと少しだけ湿布を剥がす…

それほど深い傷ではなかったが、どうやら今も完全に塞がってはいないようだ。

(もう一回消毒して…それから傷薬を塗った方がよさそうだな…)

そう思い、オレは簡単に寝支度を済ませるとそのまま洗面所を出た。

すると部屋にはテーブルの上のランプにだけ火が灯されており、ベッド側はすっかり暗くなっていた。

(キーオ…もう寝たのか…)

オレは細心の注意を払い自分の持ち物を漁り、薬の入った袋を取り出す。

さらにそこから慎重に消毒液と傷薬と湿布を取り出し、テーブルの上に並べた。

(ふぅー…オレから言い出したことだけど、やっぱ人がいると楽じゃねぇな~…)

なんて少し不便さを感じながらも再び湿布を剥がし始める。

本当は勢いよく剥がしたいところだが、そうするとせっかく少しは塞がった傷口が再び開いてしまいそうで慎重にならざるを得ない。

が、最後の部分が異様に肌にくっついていてなかなか剥がせなかった。

(いたた…なんだこいつ…なんでこんなくっついてんだよ…)

傷口を左手の人差し指で押さえ何とか湿布を剥がし切る…が、湿布の粘着性に引っ張られた傷口から少しだけ血が滲み出してしまった。

(結局こうなるのか…)

オレは荷物の中から手ぬぐいを取り出しそれを傷口に押し当てた。

しばらくそうした後、再び傷口を見てみるともう血は止まっているように見えたので血を拭った手ぬぐいをテーブルの上に置き、オレは洗面所へと向かった。

水で軽く傷口を洗った後、オレは再び部屋に戻った。

が、そこでオレは異様な光景を目にする。

ベッドで寝ていたはずのキーオがテーブルの近くに佇んでいる…いや、それだと普通に聞こえるかもしれないが、先ほどテーブルの上に置いた手ぬぐいをキーオが握っているのだ。

と言うよりも鼻にそれを押し当てているように見えて…

「き、キーオ…?」

オレは思わずキーオの名を呟いた。

すると、こちらに横顔を見せていたキーオがゆっくりとこちらに視線を寄越す。

「トナさん…」

キーオの声は落ち着いている…けれどその表情からは何の感情も読み取れない。

「キーオ、お前…その手ぬぐい…」

オレはキーオのその行動に理解出来る意味が欲しくて、そのように質問をするつもりだったのが上手く言葉が出て来なかった。

「なぜ、でしょうね…」
「え?」
「なんだか、いい匂いがするなって思ったら…この手ぬぐいを手にしていて…」
「いい匂い?」
「はい…僕が今まで嗅いだことのない、すごくいい匂いがしたんですよ…」

その手ぬぐいを洗った時何か特別な洗剤でも使っただろうか…?

いや、普通に売られている石鹸でただいつも通り洗っただけだった気がする…

と言うかそもそも、さっきあの森で貸した手ぬぐいにはそんなこと一言も言ってなかったよな…?

「…キーオ、お前本当に体調が悪いんだな?」

オレはキーオにそう声を掛けながらゆっくり自分の荷物に近づく。

「だったらもう…ほら、休んだ方がいいぞ? その手ぬぐいは貸しといてやるから」

剣…はさすがに室内で振るには不向きだろうからせめてナイフを手にすることが出来たら…そう思い、壁に提げたホルダーを背に後ろ手でナイフを探ろうとしたその瞬間―――

「トナさん、僕のことが怖くなりましたか?」

キーオがオレの行動を悟ったようにそんなことを問いかけて来た。

「え…」

そして先ほどまでは何の感情も読み取れなかったその表情が今は何か思い詰めたような…けれど寂しさのような物も感じさせてオレは思わずナイフを探る手を止めてしまう。

「けどそうですよね…こんな大柄の男が自分が使っていた手ぬぐいの匂いを嗅いでたら、そりゃ怖いですよね」
「……」
「けど、僕も本当に不思議なんですよ…」
「? 不思議…?」
「えぇ、不思議なんです。 だって僕は今までこれを…

 こんなにいい匂いだと感じたことは本当に一度もなくて…」
「これって…手ぬぐいをか?」

キーオは静かに首を横に振り握りしめていた手ぬぐいをオレに見えるように広げ、そこに付着していた“それ”を指差した。

「“血”ですよ」
「…は?」

キーオのその言葉にオレはあまりに間抜けな声を出してしまった。

だが、突然そんなことを言われたら誰だってそんな声を出すだろう…

「僕、今まで父や先生に血を貰っていたんですけど、2人の血をいい匂いだと感じたり、

 美味しいと思ったことはなかったんです」
「血を、もらう…?」
「他にも任務中に傷ついた先輩たちの血の匂いを嗅いだことがありましたが、

 やはりいい匂いだと感じたことはなくて…」
「いやいや…ちょっと待ってくれよ…そんなこと急に言われても、オレはどうしたらいいか…」
「あ、そうですよね…こんなこと急に言われても、余計に怖いだけですよね」

あぁ…話は通じそうでよかった…オレはホッと胸を撫で下ろした。

「えーと…まずは大前提として、」
「あ、ああ…」
「僕が“人と悪魔の混血児”ということを理解しておいてくれますか?」
「!?」

あぁ…とんでもないヤツを部屋に招き入れてしまった…

オレはそんな自分の行いにただただ後悔することしか出来なかった。

  Ep04 【キーオのこと・トナ視点】

降り出した雨は今も降り止むことはなく、寝静まった町に容赦のない轟音を響かせていた。

そして先ほど“トアルディア協会に所属している魔術師”の“キーオ”から衝撃的な告白をされたオレはそのキーオからより詳しい話を聞くために椅子に腰を下ろし、ベッドに座ったキーオと向かい合っていた。

「ですから、極一部の悪魔は人の世に長く留まった結果、人間的な肉体を得ることがあるんですよ」
「はぁ…だからつまり、人と悪魔の間に稀に子供が生まれることがある…と?」
「はい、そういうことです」
「うーん…けど悪魔だなんて、おとぎ話でしか聞いたことないオレからすると

 何とも噛み砕き難い話だけどな…」
「けど実際、トナさんの目の前にその子供がいるので…」
「そうなんだよなー…噛み砕かないといけないんだよな~…」
「それで、僕の場合はどうやら母の方が“吸血の悪魔”と呼ばれる悪魔だったらしいんです」
「らしい?」
「はい、と言うのも母は僕を産んですぐに行方を眩ませたそうなので…」
「え…」
「だから僕は幼少の頃を人間である父に育てられました」
「……」
「けれど本来、“混血児”と呼ばれる存在は悪魔である親の下である程度育成した方がいいそうなんです」
「?」
「と言うのも使える力を見定めたり、悪魔としての特性をどのように生かすか…

 といったことを教えて貰うべきなんだそうです」
「はぁ…」
「けれど、幸いなことに僕は悪魔の母よりも人間の父の性質を濃く受け継いだらしく、

 父との生活に特に支障はなかったんです。

 ただ半年に一度ほど…どうしても喉が渇いて仕方ない日が来ることを除けば…」
「!」
「その日が訪れると父は自分の指先をナイフで傷付けて、僕に血を飲ませてくれました。

 それがまるで当たり前かのように…何のためらいもなく父はそうして血を飲ませてくれていたんです。

 だから僕はある程度の年齢までそれが当たり前のことなんだと思っていました。

 けれど、ある時ふと気が付いたんです。 父が血を飲む姿を見たことがないな、と…」
「……」
「だからそのことに気付いた時、僕は父が羨ましいと思いました。 なぜなら

 僕は血の匂いも味もあまり好きではなくて、むしろ苦手と言った方が正しいような気さえしていました。

 だから父に訊いてみたんです、

 “どうしてお父さんは血を飲まなくていいのに、僕は飲まないといけないの?” と…すると父は、

 “私は普通の人間だからだよ” と答えたんです」
「……」
「それから父は母のことについて話をしてくれました。

 僕の母は“吸血の悪魔”と呼ばれる存在であること…

 そして“吸血の悪魔”は人や動物の生き血を飲むことで魔力を回復する性質を持っていること…

 だからお前はそんな母さんの性質を少しだけ受け継いでいるんだよ、と教えてくれたんです」
「はぁ…だからつまり、お前が半年に一度ほど喉が渇いて血が飲みたくなるってのは、

 消費した魔力を回復するためだったってことか?」
「はい、そういうことになりますね」
「それで昨日がその半年に一度の喉が渇く日だったんだな?」
「おそらくはそうなんだと思います…」
「おそらく?」
「予定では一月ほど先がその半年なんですよ」
「え?」
「ただ、今回の任務は通常の任務と比べると魔力消費の激しいものでしたので、

 その影響で一月ほど早まったのかもしれないなとは思ったんですよ」
「なるほど…」
「けど僕が不可解だと思ったのは、喉が渇いてからまだ一滴も血を飲んでいないのに

 すこぶる体調がいいことなんですよね…」
「え…?」
「実は…トナさんから頂いた飴玉を食べてから、随分と魔力が回復したみたいなんですよ」
「え? あの飴玉にそんな効果があったのか…?」
「ですから、僕もすごく驚いてまして…」
「うーん…普通に雑貨屋で買った代物だった気がするけどな…」
「けど、もしかしたら飴玉自体が…ということではなく、」
「?」
「“トナさんから頂いた”という点が重要なのかもしれないと、今は思ってるんです」
「は?」
「先ほど、僕言いましたよね? トナさんの血からいい匂いがすると…」
「あ、ああ…」
「実はあの手ぬぐいに付着した血の匂いを嗅ぐ前からトナさんからはいい匂いがするな、とは思ってたんです」
「え?」
「と言うのも僕、本当はその…他人に体を触れるのがすごくイヤな性質なんですけど、

 でもその匂いのせいなのか、トナさんに触られるのはイヤじゃなかったと言うか…

 逆にとても心地よかったんですよ」
「……」
「だから、町に戻ろうとトナさんが提案して下さった時、

 僕は本当は自分で宿を探せるくらいには回復してたんです。

 けれど、トナさんと別れるのが…なんだかとても寂しく感じてしまって…

 今の今まで体調が悪いフリを続けていたんです」
「お前…」
「すみません…僕はただあなたの優しさに付け込んでいたんです」
「……」
「…本当にすみませんでした」

そう言うとキーオはベッドから腰を上げ、自分の荷物がまとまった場所へと歩き出す。

「? おい、どこ行くんだよ」
「もう体調もすっかりよくなりましたから、任務を続けて来ようかと」
「は!? おい、今外は大雨だぞ!」
「はい、そうですけど…」
「そんなものは雨が止んでからでいいだろうが!」
「けど、もうこの部屋にはいられませんし、今から取れる宿もあるかどうか…」
「ん!? いや、ちょっと待て! なんでこの部屋にいられないんだよ?」
「だって、トナさん…僕みたいな気持ち悪いヤツとはもう一緒にいたくないでしょう?」
「はぁ!?」

オレは椅子から立ち上がり、今まで一番大きな声を出してしまった。

「と、トナさん…今、夜ですから!」

キーオが何か慌てたような声と仕草でそう言って来たが、

「うるせぇ! 分かってるよ! けど、お前、お前な!」

オレは何か腹に据えかねることを言われてどうにも気が立って仕方がなかった。

「オレはお前のこと、一度だって気持ち悪いなんて思ったことなんかないぞ!

 そりゃ、さっきはあんなことされて、言われて、ちょっとはこえーと思ったし、警戒はしたけどよ!」
「と、トナさん…」
「けど、オレはむしろ初めてお前の顔を見た時、すっげー綺麗な人間がいるもんだなと思ったよ!」
「え…」
「だから、もう少し見てられないかと思って、色々世話焼いてやったんだよ!」
「トナさん…」
「だから、お前がオレに対して悪いことしたなんて思わなくていいんだよ…!

 オレだって、お前と同じくらい…いや、オレの方がよっぽど理由がアレで…」

と、オレがもだもだと言い淀んでいると、自分の荷物のところまで歩いていたはずのキーオが踵を返し、こちらに歩み寄って来るのが分かった。

(ふぅー…やれやれ、今度はこっちが気持ち悪いって言われる番か…)

などとオレが身構えていると、そんなオレの予想を裏切るようにオレの全身が何かで優しく包まれた。

「え…」

オレが驚きのあまり身を竦めるとオレの頭上からキーオの声がした。

「トナさん…嬉しいです」
「え?」
「それじゃあ、僕たち…もう、お互いに想い合ってるってことですよね」
「え!?」

そう言うとキーオはオレの後頭部に添えた左手をオレの髪に絡め、オレの腰に回した右手に少し強く力を込めて来た。

(え、え!?)

オレはもう何が起こったのか理解する暇もなかった。

が、なぜかキーオにそうされることには何の拒絶反応も起きなくて…オレは行き場を失っていた自分の両腕を何となくキーオの背中に回してみた。

(こいつ…やっぱり身長がでけぇだけあって、思ってたよりもずっと体がたくましいな…)

なんて思ってたら、キーオがオレの腰に回していた右手を急に尻に添えたのでオレは思わず体を震わせた。

が、気が付いたらオレはいつの間にか宙に浮いていて…いや、キーオに抱きあげられていてそのキーオの歩みに合わせて体が振動しているのを感じる。

(…? どこに行くつもりだ?)

と、オレが思うよりも早くキーオはその目的地に到達したらしい。

オレはゆっくりとその場へ下ろされ、キーオと向かい合った状態のまま、そこへ座らされる。

程よい弾力に、肌に触れる心地よさ…そう、ここは…

(ベッド!!)

オレは全身の血の気が引いて行くのを感じた。

そして、全身から吹き出す冷や汗。

「あ、ちょ―――」

オレが何とか言葉を発しようとした瞬間、キーオがそれぞれの手をそれぞれのオレの手に絡めて来た。

そしてそのままオレをベッドに押しつけ、キーオが覆う。

「…っ」

もう何も言葉が出て来なくて、ひたすら身を竦めるオレを見てキーオが柔らかく笑う。

「ねぇ、トナさん…」
「は、はい!?」

キーオの顔がオレの顔にゆっくりと近づいて来る。

オレはもう何か色々と覚悟を決めて…いや、何もかもを諦めてぐっと目をつぶった。

「この傷…舐めてみてもいいですか?」
「…………! …? …!? は?」

その言葉に驚いて目を開くと、キーオが何食わぬ顔でオレの右肩の傷を見ていた。

「本当は体調ももう万全なので血を飲む必要もないのですが…

 けど、どうしてもトナさんの血の味を確かめておきたいんです」
「そ、そん…そんなこと…っ」
「あ、もちろん味を確かめ終わったらちゃんと傷口を清潔にして、治癒術で治しますから!

 だから…ぜひ、お願いします…!」

キーオはオレの取り乱し加減を見て、オレが傷を舐められることに抵抗があると思ったのだろう…

いや、それについても抵抗がまったく無いわけではないが、でもオレが取り乱しているのはそっちではなくて…

「……はぁー…別にいいよ」
「え!?」
「けど、傷を舐めるためなら…何でベッドに運んだんだよ…?」
「それはこういう形の方がトナさんへの負担が軽減されるかと思いまして」
「負担も何も、肩の傷舐めさせるだけだろうが…」
「えへへ…そうですよね…」

キーオが何かを含んだように笑う。

「本当は僕が…ただもっと全身でトナさんを感じたかったんです…」
「…!」

そう言いながらキーオは両手をオレの手から放して、今度は先ほどまでそうしていたように…オレの全身を包み込むように抱きしめて来た。

「ねぇ、トナさん、」
「ん?」
「痛かったら言って下さいね…僕、ちゃんと言うこと聞きますから」
「うん、まぁ…オレ、我慢強いからな…」
「いえ、そんな、我慢しないで下さいね…?」
「お、おぅ…分かったよ…」

そんなやりとりの後、キーオはオレの右肩を肌着から露出させ、そっと舌を這わせて来た。

熱を帯びた柔らかなその感触にオレは思わず身震いし、視線をキーオとは反対の方へと向ける。

が、視覚から情報が入らないとより触覚が発達してしまって…キーオが何度も傷に舌を沿わせて、動かしているのが分かってしまい、こっちの方が余計心臓に悪かった。

だから、ちらっとだけ横目でもう一度キーオを見る。

すると、まるでどこかで見た光景を思い出し、オレは思わずキーオの後頭部を右手で撫でていた。

「!」

キーオが驚いてパッとこちらを見る。

オレはそんなキーオの様子がおかしくてなんだかとても自然に顔がゆるんでしまった。

「痛くねぇから、続けろよ」

オレがそう言うとキーオは心底安心したようで、また傷に舌を這わせた。

何度も何度も…もしかしたらもう味を確かめるだとか…そういったことはどうでもいいのかもしれない。

ただ、赤ん坊が母親から母乳をもらうように…きっとこいつにとっては今のこの行為がそれと同じことなんだとオレは勝手に推測した。

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